So-net無料ブログ作成

爆撃から逃れた防空壕。 [呉調査]

はーるばるーきたぜ、さーせーぼー。
DSCF2042.JPG
連日の、はるばるきたぜシリーズ、佐世保です。

長崎一泊目はホテルが悲惨。
午前2時まで向かいのどんちゃん騒ぎ。大声なのに言ってることが
ちっともわからないと思ったら、日本語じゃなかった。
その後は、悪夢と金縛りを繰り返すループにまんまと陥り、ほぼ無睡。
怖かったすよ。ホテル、変えました。

そんなこんなの寝不足大王ですが、朝一の高速バスなのでむしろ時間がよろしい。
暗いうちから佐世保を目指しました。
着いて午前中の訪問にわたしが選んだのは「無窮洞」という防空壕跡。
なんと、最寄りは「ハウステンボス駅」。
DSCF2044.JPG
こんなのを横目にしながら。

DSCF2050.JPG
目当てはこちら。

先の大戦中の昭和18(1943)年8月29日から掘りはじめ、
終戦の昭和20(1945)年8月15日に「掘りかた、やめ」で終了。
当時の旧宮村国民学校の12、13、14歳ほどの少年少女が、
その手につるはしや、ほげと地元で呼ばれるざるを持って掘ったものです。
DSCF2065.JPGDSCF2084.JPG

これが結構広い。圧迫感のないよう天井も高い。

きっと、こんな感じだったのでしょう。
DSCF2093.JPG

「無窮洞(むきゅうどう)」と名づけたのは当時の校長先生だそう。
無限極まりなく子どもたちの将来のあるように、と、
真相はポジティブな意味だったのですが、最初は逆に捉えてました。
掘っても掘っても戦争にキリがないって意味かと思った。
苦しさは子どもたちも同じ。大人以上の苦しみもあったと思います。

つるはしを突き立てた生々しい穴ぼこもいっぱいありました。
食糧難で食うものも食わずの子どもの労働の成果としては、
とても立派なものでした。
地下なのでひんやりしているし、石清水がいまでも溜まるそう。
掘って掘って掘り進んで、食糧倉庫を掘っていたときに終戦。
未完成のまま、いまに残っているのだといいます。

「ここも空襲を受けたんですか?」……わたしの気がかりはそこ。

「警報で7回ほど避難したようですが、爆撃は受けなかったと聞いています」
と、ガイドのおじさま。

ただ。
DSCF2099.JPG
「山の向こうにもくもくしたのを見ましたよ」・・・原爆のことです。

あの山の・・・、あの低い山の・・・、上に。

佐世保は呉に似ているんじゃないかと思いました。
原爆投下のほど近くで、海軍を抱えていた。

爆撃がなかった、というだけ、ほんのすこしだけ、救いを感じる。
うん・・・、救いでもなんでもないけれど。すべてが戦争だから。

レンタカーのない身では非常に不便だけど、行ってよかった。
修学旅行生などはたくさん訪れるそうです。
行きはハウステンボス駅からタクシーだったけど、
帰りはおじさまが車でハウステンボス駅まで送ってくれました(たぶん特別)。

午後は別を見学して(改めて書きます!)、最後に佐世保海軍墓地へ。
呉でいえば、長迫の海軍墓地です。
これまた駅から少々あるので、時間も鑑みて行きはタクシー。
帰りは市バスを使ってみよう歩いていたら・・・、防空壕発見!
1514372576247.jpg
1514372593162.jpg

わー!
呉の道で見るのと同じ!!

タクシーでは気づかなかった。歩いてみて正解でした。
過去の防空壕は、倉庫や車庫や、なんとお店にも活用されているみたい。
ある種のすさまじい生命力?というか、地の力というか。

佐世保は初めての場所です。なのに、呉によく似ていました。

nice!(0)  コメント(0) 

武蔵のふるさとへ。 [呉調査]

はーるばるーきたぜ、なーがさきー。
DSCF1982.JPG
はーるばるきたぜシリーズ。長崎。(以前、前橋に行きましたよ)

呉が海軍工廠を有する時代に建造した、世界最大級の戦艦大和。
その姉妹艦「武蔵」は、長崎で造られました。
姉の大和は軍のおひざ元で造られたけど、妹の武蔵は民間だったんですね。
(大和と武蔵は設計図を共有する姉妹艦なのです)
三菱重工業株式会社長崎造船所の史料館。
予約すれば一般公開あります。800円也。

DSCF2039.JPG
DSCF2038.JPG
工場内に入ると撮影不可なんですが、建物だけなら撮れる。
あと、内部も、一部寄贈品展示を除いては撮影可能です。

広いっ。

事前に、わたしの呉の大師匠、相原謙次氏のご著書『戦艦武蔵の真実』読み返しました。
とても学ぶ冊子なのだけど(今日のガイド女史はこの本で泣いたと言ってました)、
巻末ページで紹介されていた同館は写真が悪いな、もっと狭いと思った。
1898年、いまから119年前に建てられた煉瓦造りの建物は、
現役中は工場だったとのことで、天井が高くとても広い。
創業時からの歴史が写真や品々で綴られ、こんな巨大なタービンも。
DSCF2029.JPG
ここだけ見たら「ラピュタ」の世界じゃない!?

奥に「武蔵」の一角があります。機密建造だったため、資料は写真3枚だけ。
ただ、建造に使われた工作器具の本物がいくつかありました。
リベット(鉄鋼の部品と部品をつなぐビスみたないなの)の器具とか、
ハンマーとか。めっちゃ重くて持てないっ。
DSCF2026.JPG

まるで聖地巡礼です。

呉つながりの、ゆかりある場所を、時間とお金の許す限り。

呉工廠と三菱長崎のつながりをもちっと聞きたかったけど、時間が足りず。
うーん、やっぱ、なんか特別なツテを作らないと物足りないな・爆。
手を尽くしますよ。
ご案内くださったガイド女史は、きっと同世代で、長崎と武蔵が大好き。
最後の10分は展示物の検証より、彼女との会話に費やしました。
「いつか本を書きたいのでよろしくお願いいたします」
彼女自身は、鎮守府日本遺産を機にガイドさんになられたらしく、
「取材されるなら本体に言っていただけば」と言ってくれました。

大和ばかり見てみたけど、ここ(長崎)に来ると、武蔵なんです。
武蔵をもっと知ろう、大和の妹だしね。
そして、注目される戦艦ばかりでなく、客船や補給船など、
巻き込まれた船たちも。

明日は、佐世保。いやー、時間が足りないっ。
つーか、もっと計画立てればよかった、けど、詰め込むのもわたしはダメ。
頭も身体も心もいっぱいになっちゃうから。自らの器の小ささを自覚しています。
だから、また来よう。
それが、大事なのです。

で。

明日はド早朝から佐世保を目指すので、今宵はホテル部屋飯にしました。
1514280413063.jpg
角煮まんは必須で。

テレビをのほほん見てると、コマーシャルが長崎なの。
1514280645838.jpg

まあ、もみじ饅頭のCMも広島でしかやってないけどね。
カステラのコマーシャルも長崎でしか見られないかも。


nice!(0)  コメント(4) 

恒例フラ・クリスマス。 [フラ&タヒチアン]

土曜はケイフラスタジオ・クリスマスパーティでした。
これが終わるとクリスマス終わった気分になるほど、
毎年恒例、ここに向けて一年のフラ&タヒチアン、ラストスパート!

フラ・ワヒネ&タヒチアンチーム!
1512268750143.jpg
わたしは左端です、わかります??だいぶツケマ慣れしてきた?

お開きになって撮ったから疲れてたはずだけど、みんないい笑顔じゃないですか。
楽しい、うれしい、達成感。

今年もたくさん踊りましたよー。いろいろいただいた写真でご紹介。
1512259630913.jpg
ヒップベルトぐるんぐるんの「ロゴテパテ」。

1512259533834.jpg
「クウレイホク」一番星、というハワイ語です。
手にしているのはプイリという竹の楽器。わたしがもっとも苦手なやつ・苦笑。
間違えなくてよかった、ほっ。

1512259543818.jpg
「テバイネイ」はお日さまキラキラの歌で、結構評判がいいんです。
ただ、歌いながら(口パク)踊るので、たいがい写真の顔は怖い・笑。

1512217107197.jpg1512259617492.jpg
今年の新作「アパマイ」。「スタンドバイミー」のタヒチ語ソングです。
この衣装かわいいー。来年も着まくると思います。

1512259555825.jpg
ラストはケイフラスタジオテーマの「ハワイアンパラダイス」。
わたしの前のグリーンはKYOKO先生。
以前はKYOKO先生のクラスにいました。いまはNANA先生クラスにいます。
1512255148819.jpg
先生と一緒にステージで踊るってなかなかないので貴重ですね。

遠路はるばる、姉が見に来てくれた!
1512259638423.jpg
後ろで笑ってる顔がいーじゃーん。
姉もフラ経験者だしいつか姉妹で踊ってもおもしろいよねー。

もうわたしからフラとタヒチアンは外せませんね・笑。
自分の踊りを磨いていくのもだけど、みんなで踊るのがとっても大事です。


nice!(0)  コメント(0) 

ウクレレと、フラ。 [フラ&タヒチアン]

先日、11月23日の祝日に、踊ってきました。
呉市の東畑中学校時代からの幼なじみ・足立ゆき子のウクレレライブのお供。
足立とは、3年?前の中学同期会で彼女のウクレレに合わせ踊ったぶり。
彼女がウクレレ歌手を、わたしがフラをやっているのは、んもう、
ほんとの本当に偶然のことで、「いつかコラボしたいねー」とは、
ずっと言っていたんですけど。

ここにきて叶いました。
1511489335994.jpg
1511497220704.jpg

曲目は、
カイマナヒラ、
タフアフアイ、からの、あ~あやんなっちゃった(牧伸二)、
パーリーシェルズ、3曲。

いちおうわたしもフラクラスでレッスンしたことある曲だった。
よかったわー。

彼女の歌う音源をもらっておうちレッスン。
タフアフアイからの牧伸二はフラクラスではやらないから・笑、
ちょっとだけ振付を付け足した。
事前にフラクラスの仲間に付け足した部分を見てもらえるチャンスがあって、
「いいんじゃない、素敵よ」と言ってもらって背中を押されて。

とはいえ。

この日のライブは「ウクレレショーケース」と題する
ウクレレガールのツーマンライブ。
足立と、上野まなちゃん。
1511571270156.jpg

タイプの違う曲調と声だった。二人が組めばバラエティに富む。

足立を盛り上げるお手伝いで引き受けたけど、もちろん楽しんで踊りましたよ。
1511497236627.jpg

でね。

ティーリーフ(葉っぱのスカート)で踊るのは、実がこれが初。
葉っぱの間からガッツリ太もも。いやー、落ちなくてよかった。
つーか。
大変だったのはピンクのトップのほうで、踊っているとずるずる落ちてくる!
ひゃー。
こーんなアットホームなライブでポロンしたらマズい。
曲と曲の間で後ろを向いて必死で引っ張り上げる。笑顔はキープ。

すごく楽しかったのでまた呼んでくださいな。
あなたの歌を感じながら踊るの、いいね。
前奏とか間奏とか、どこで入るか見極めるのもおもしろくて・笑。
ライブって、ほんと、生モノ。
10日くらい前に頼まれてからずうっとこのことを考えていたので、
いまでも頭の中で足立の歌声と自分のフリがぐるぐるしてる・笑。

こーゆーコラボが呉でできたらいいのにな。
みんな、こぞって応援に来てくれるよね!
いつかチャンスがあるように企みたいです。

そういえば。
「大物(スペースがデカいの意味)が入るからアンプとかハケて」と。
リハーサルの際、お店の方がステージングを考えてくださった。
あれ? ……わたしのせいかも・汗。
フラって意外と空間を取るんですよね。手をピシッとふわっと伸ばすから。
大胆に動いちゃってすみません・笑。

nice!(0)  コメント(0) 

ケアの必要。 [つれづれ]

1509706179464.jpg
数週間前から指先にちいさな湿疹ができて、これが結構、痛い。

そもそも肌荒れを起こしやすく、カユカユはできやすいです。
指先とか、指と指の間の股とか、手首の内側とか。
免疫の下がっているであろうタイミングにできるので、
自分でもわかっているんだけど、かゆい。

肌荒れ歴は長いです。かれこれ40年。
そう、物心ついたかどうかで肌荒れと闘い同居してきました。
効く薬も、うすぼんやり知っているから、
肌荒れを起こすたびに持っている既知の薬で対応しようとする。
すると、ときどきとんでもなく長引くか、悪化する。

うーん。つまり。

似たような現象と思っても、使う薬を間違えると、やっぱ治りません。

今回も数週間は様子を見た、で、ダメだった。
既知の薬ではどうも改善が見られなかった。
しーかたがーないのでー、近所の皮膚科へ。
待ちますよねー、皮膚科は、待つ。
それで処方されたのが、患部の湿疹の薬と、なんとハンドクリーム!
1509588372511.jpg
左手前のです。

とどのつまり。

普段のケアが足りてないってこと!

およー。

常より化粧をはじめとした“表面を覆うもの”が苦手です。
ファンデーションもストッキングもボディクリーム的なものも、
出来得る限り避けたい、ダメ。
でも、そんなことを言っていたんでは間に合わない事態というか、
年齢なのですね、たぶん。

これを機に、買ったはいいけど開封していなかったクリーム類を
全開放。

やるだけやってみます。ちなみにクリームは、シワと同方向に伸ばすのが
良いらしいです。確かに浸透しそう。



nice!(0)  コメント(0) 

新月は過ぎたけど。 [つれづれ]

ずいぶん前に姉にもらったお茶を、
食べ過ぎた食後や、気乗りしない午後に飲むのが最近の調子。
1509276516589.jpg
New Moonと銘打たれているので新月に飲むのがいいのでしょうね。

http://koyomi.vis.ne.jp/moonage.htm
たぶん以前も紹介したのだろうけど、月齢カレンダーのサイト。
自分の生まれた日の月齢も調べられるのてせ、ぜひ、トライを。

これで計算するとわたしは新月に生まれた。
1/28でたいした奇跡ではないけれど、わたしは気に入ってる。

わたしは帝王切開で生まれました。姉も同様。
なので、母の下腹は縫った痕跡でくちゅくちゅで、
子どものころは一緒のお風呂でそれを見て子どもながらに愛着があった。
帝王切開だから、本当に望んで新月に生まれたはわからない。
いろいろ都合があったかもだしね。
けど、新しい月と共に生まれた感覚はずっと持っていたいと思う。

満月は犯罪が増えるというけれど、新月はどうなんだろうね?

月の話には終わりも結論もなくて、宙ぶらりんで、だから?って感じで、
けど、なぜか、思い出したように月の話をして仕舞います。

image231.jpg
わたしの好きなタロットのMOONのカード。

そいえば最近MOONが出ないな。また引いてみましょう。
MOONは難しいカードのように思われるけれど、
一度でも「MOON」を体験するとすごく親近感が湧くんです。

nice!(0)  コメント(0) 

どこがほしいですか? [ライター仕事]

フリーライターとして主にインタビューがメインです。
自分がインタビュー得意とは間違いにも思わないけれど、
いつのころからかインタビューがメインでそのオーダーは多い、と思う。
有難いことです。
今日も2本やってきました。

人に話を聞くときは全力なので、結構エネルギー消耗します。
熱い熱いと火照った顔で汗をぬぐったり、眼鏡が蒸気で曇ったり。
鼻水がでかかってギリギリだったり。
エネルギー消耗するとお腹がすくんですね・笑。
で、途中、時間が取れるときはアイスとか食べる。
コーヒーフロートとか。なつかしくない? 〇〇フロート。
脳の糖質不足にはラムネが良いと聞いたけれど、
どうもわたしはラムネではなくソフトクリームなものを求めるらしい。
不思議です。フラットなときはそれほどソフトクリーム狂ではないのに、
取材と取材の間にはすこぶる求める。

「どこがほしいですか?」話のどこを原稿に落とすか、です。
このごろ手慣れた感じが出て来た自分にちょっと、おえっ、て思って。
たとえば30分のお話をいただいても原稿に書ける部分は制限がある。
極端だけど正味数分、2、3分ぶんかもしれない。
キャッチーな言葉とか、ほしがる。
マスコミュニケーションにおいては仕方がないとはいえ、ちょっと。
お互いに持ちうる時間とテンションの全力で話していることを、
直接面と向かうわたしは知っているから。
でも、ほしいところを、ほしいように、上手に汲み上げるのも仕事です。
センスが問われるの。

「ここを使ったのね、よろしい」と。
話てくれたほうにも喜んでもらいたいですね。

慣れていく自分に、喝。

インタビューしているときは、相手が丸ごと自分のもの。
その眼はわたしに注がれている、その声はわたしに語っている。
とても得難いことだと思うんです。

インタビューのプロと言われたくてやるのではない。
ただひたすらに目の前にいる人が全世界。
盲目的なこの感じって、あたしって幸せなのかもね。
1509190400744.jpg

nice!(0)  コメント(0) 

美しい日本語を、りきまず。 [つれづれ]

東京は久しぶりの青空。
でも、洗濯物の乾きはやっぱ夏とは違うね。時間がかかる。
すこしずつ秋になっています。
しばらく書けないでいたのにどんな理由があったんだろう。
タイトルの「りきまず」は、「力まず」。
漢字をひらくとなんだかぜんぜん違う言葉みたいに見えるね。

ただいま絶賛連ドラの公式ホームページライターやってます。
https://www.ktv.jp/yakusoku/index.html
『明日の約束』火曜21時、フジ系8ch。
キャストさんインタビューや現場レポートを書いていくので見てね。
ほかにもチョイチョイ抱えて気ぜわしくもあるのだけれど、
わたしってすぐ調子に乗って爆走して電池切れするのが悪い習性。
日々の目まぐるしさと落ち着きのなさで呉から遠のく罪悪感。
肉体精神共に少々多動性なのかも・苦笑。

いま、デスクに追加している本。
1507510816491.jpg
とある病院の待合室で見つけて帰宅してすぐぽちった。

まだねえ、ペラペラめくるだけで中身はしっかり読んでない。
けどねえ、これを眺めて幾ばくかささくれた気持ちがおさまりもする。

「日本語がきれいですね」って。
若いテレビマンな男子にこないだ言ってもらった。
上記のドラマ公式ホームページにアップされたある記事のある文言に、
きれいですねえって。
ここで例に挙げるまでもない非常にオーソドックスな表現だったんだけど、
彼ら若者の目には(あるいはデジタルな目には)新鮮だったようで。
なんか、ちょっと、ホッとしました。
自分の書いているものにもすこしは存在意義があったのかなと。
彼もいずれは書きたいんですって。(産んでいれば)息子くらいの年齢。
ああ、こうしてわたしたちは言葉をつないでいくのねって。
……まあ、そんな高尚なことはそんとき思いつかなかったけど・笑。


呉、待っててね。



nice!(0)  コメント(0) 

新作レターセット入荷! [手紙]

久々にお手紙の話題。

大事な人に書くお手紙のお手伝いをしていますが、新作レターセットが届きました。

どんな風に書こう、なにを書こう、あれ、わたしなにを書きたいんだっけ。

そんな気持ちの面からセッション(話し合い)をしながらしたためる、
この瞬間あなたからアノヒトに届けるただ一通のお手紙。

そのセンスを信頼してレターセット選びをお願いしている姉から、
「新しいのを見つけたよー」と久々に新作が入りましたよ!

1505819455150.jpg

シンプルに見えて、一つひとつが個性的。サイズもぜんぶ違います。
右のベージュにオレンジをほんのり足したような色合いは鳥と木の実がポイント。
真ん中はデザインが浮き上がる箔押しで、ちょっと判型が変わっています。
左はサイズこそ定番のA4だけどこれまた染めの色合いがきれい。

書く人の心をしっかり反映してくれる新作たちです。

ぜひぜひ、お手紙の御用命もお待ちしています!

※レターセットは実費でお買い上げいただけますー。

nice!(0)  コメント(0) 

焼夷弾をさわりに。 [呉調査]

はーるばる、きたぜ、まーえばしー。
前橋駅.jpg

特急券を使わずスイカでぴぴっと、往復5時間程度。
本を読み読み途中目を上げて車窓を見ると、関東平野だねー。
遠景に山々はあれど、どこまでも似たような景色の中、ひたすら、
横移動していく感じ。住まいあたりが土砂降りだったのも知らない晴天のもと。

往復5時間もいとわず?来たかったのは、あたご歴史資料館。
あたご資料館.JPG
前橋駅から徒歩なら20分ほど、愛宕神社の裏手にあります。
なんつーか……、地元密着な素朴さ。

火木土13時から15時までの開館、12時45分に着いちゃったけど、
「いいですよ、どうぞどうぞ、時間いってもあるようなないような」と、
昭和12年生まれのおじさまが半袖半ズボンで迎えてくれました。

わざわざ来たかったのは、焼夷弾がさわれると知ったからです。

太平洋戦争末期の昭和19~20年ころ、
前橋も米軍による無差別じゅうたん爆撃に遭いました。
米軍作成の目標計画順位表では、前橋57位、呉は10位に挙がっていました。

どうして前橋だったのか? 人口別中小都市の一つと考えられたとされます。
もう一つ、製糸産業(生糸)がさかんであったこともあったのでは、と。

安政6年の開国以来、前橋で生産された生糸(からのシルク製品)は、
欧米への主要な輸出品で、外貨を稼ぐ大きな柱だったとか。
空襲を受ける頃には製糸工場とは隠れ蓑で兵器の部品工場になった。どこも、そうなんだ。
「前橋の生糸で、日本は、大和や武蔵を造ったわけですよ」
別の眼鏡のおじさま(こちらも戦中生まれ)が、ちょっぴり自慢そうに言うので、
「そうでしたか、それはありがとうございます、わたし呉なんで」。
対抗していました・笑。
おじさま、目をぱちくり。「大和はどこで造ったんだっけ、三菱?」

わたし「違いますよ、呉の工廠ですよ」
おじさま「ほー、呉で。三菱じゃなかったっけ?」
わたし「(しつこいなあ)呉には海軍の工廠があったです、鎮守府があって。
三菱で造ったのは長崎、二番艦の武蔵です」
おじさま「そうね、そう」

おおう、地道に勉強してきたことがやっと役立ち始めた。と、同時に、
自分の地元のことは知っていてもよそのことはそうでもない……のだなあと。
関連付けてすこしずつつなげていくのも、大事かも、と。課題を感じたり。

こちらが、地元から見つかったという焼夷弾。
焼夷弾3.JPG

焼夷弾展示.JPG
実に無防備に置かれています・笑。ちなみに扇風機は展示品じゃなくて現役備品。

わたし「さわっていいですか?」
おじさま「どうぞ、どうぞ」
焼夷弾持つ.JPG
持ってみました。
重くて、硬くて、じゃりじゃりしている。

おじさま「これ、持てるかね?」
わたし「なんですか、これ?」
おじさま「焼夷弾をまとめて束ねて頭にかぶせるふたよ。重いよ~」
わたし「……ふんぬっ! ぬぬ、あ、あがらないっ!」
おじさま「ハハハ! 上がらんでしょう、25~30キロはあるかねえ」

焼夷弾蓋.JPG
え? え? これがB29から落ちてきたの?
これで即死する!

焼夷弾は、日本特有の木造建築を燃やすために開発された、つまり市街地と市民、
無差別攻撃のための兵器。一本六角形の辺に合わせて合体させ、このふたをつけ、
投下してから結束バンドがちぎれてバラバラになった焼夷弾が降ってくる。

ついこの夏、もう一本展示していた焼夷弾が陸自に没収?されたそうです。
「中にナパームがちょっと残っていたのかなあ、ほかのより200グラムほど重くて、
信管もついたままだから、こりゃマズい、危険ですから、って。
農家さんに頼んでもらってきたのになあ、残念よ、残念」。とはいえ、
運んでくるときやここで爆発しなくてよかったと、カラカラ笑うおじさま。

小さな集会所一部屋の広さですが、お話好きのおじさまと、無防備な展示品で、
2時間近くも見ておりました・爆!

鉄のカブトもかぶってOK。重い。これで南方作戦は苦しいです。
鉄兜.JPG

赤紙.JPG
赤紙、召集令状。
毒マスク.JPG
防毒マスク。こんなものが身近にあったとは。
飯盒と水筒.JPG
名前や日付が彫られています。
ゲートル.JPG
ゲートル。初期は左で緻密な織りでしたが、だんだん右のように薄くなった。
現代にもサポーターは各種ありますがゲートルもその一種。
古くは江戸時代の脚絆(きゃはん)が進化したもので締め付けの疲労防止。
ゲートルを巻いて歩け走れひと時も止まるな、なのです。
加えて、下から這い上がる虫・蛇・蛭も防いだといいますが、
こんなに薄くなってはやられ放題で兵士は傷ついていきました。

あたご記念写真.JPG
今井さんと、太田さん、わたし。

さわれる、ということがポイントでした。歴史をわが身に想起させるために。
みんなに触られて腐食していくリスクもあると思うけど、
ガラスケースの中に大事大事に飾るだけでは遠のいていくと思うんです。
さわって、手を真っ黒に汚して(焼夷弾はあえて磨いてなそう)、重くて、
過去になにがあったかを、もしいま同じことがあったらどうなのかを、考える。
わが身のこととして、考える。

行ってよかったです。往復5時間は電車のお尻が痛かったけどね・笑。

★初回アップ時の記事に一部間違いがあり、ご指摘いただいて直しました。
本当にありがとうございます。どんどん教えてください!

nice!(0)  コメント(0)