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PLAYER。 [つれづれ]

このところ以前ほど芝居熱が上がらず、仕事では見るんだけど、
自分でチケット取っていくのは久しぶり。
仲村トオルさんの「プレイヤー」@渋谷コクーン。
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出演キャストは、藤原竜也さん、成海璃子さん、シルビア・グラブさん
峯村リエさん、高橋 努さん、木場勝己さん、真飛 聖さんなど豪華。

んでもって、演出は長塚圭史さん、長塚京三さんの息子さんですね。
作は前川知広さん。この前川さんってのが妙にミソ。

仲村トオルさんは、関西テレビのドラマ「チーム・バチスタ」シリーズで
何度かインタビューさせていただいてお人柄とトークに惚れてます。
トオルさんの舞台を最初に見たのは、ケラさんの作品だったかなー。
(ケラリーノ・サンドロヴィッチさん、有頂天ってパンクバンドの人、日本人)
以来、ケラさん、野田秀樹さん、白井晃さんなどの演出ものも拝見。
今回作の前川さんの『奇ッ怪シリーズ』も好きです。

死者の声が、選ばれし者(Player)の身体を使って再生(Play)される、
というサイコホラー。それで「プレイヤー」。かなり不可思議な構造でした。

ある作品を上演するために集められた役者たちが、稽古場で、演出家のもと、
稽古しながら次第に役か自分かわからなくなっていく、というような。
……つーか、役か、役上の役かが、わからなくなったのはわたしのほうだけど。
そもそも役の名前と、役上の役の名前を覚えきれないので、
いまどっちの名前で呼び合っているのか、劇中劇なのか、劇なのか、
だんだん混乱して、けれど脳の中心は直感で澄んでいく、みたいな感覚。

死者の言葉を無意識でしゃべっている人々、プレイヤー。
非常にサイキックなことなのだけれど、
いま、わたし自身、呉のむかしを調べ、むかしと同じ風景に立とうとしているから、
なんだか「他人事」ではない気がしたのも、本作に魅入られた理由かも。

いつもは観劇後に楽屋にお邪魔してご挨拶しますが(マネージャーさんがまた良い方で)、
次の用が迫っていたのであきらめた。残念。
芝居後のお疲れな中にもトオルさんはいつもちゃんと聞いたことに応えてくれる。
今回の話は実に奇怪で脳みそが大興奮状態だったから、ほんとお話したかった。
前川さんの世界観にトオルさんの存在はすごく合ってる。
次回はぐいぐい聞いてみよう。


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広島原爆投下の日に、日吉台地下壕の講演。 [呉調査]

今日、8月6日は広島に原爆が投下された日。
毎年8時15分にはテレビをNHKにして一緒に黙とうします。
その後の市長の平和宣言は比較的に平易な言葉で述べられる印象で、
良いことだと思う。今年はとくに、こども代表の言葉が良かったな。
「未来に戦争の体験をする必要はありません。けれど、
過去の戦争を学ぶことは必要です(ハッキリ言葉は憶えてないけどこのような内容)」。

そう、本当に。

未来に戦争する必要はもうない、けれど、過去を知り学ぶ必要はある。
戦災を伝える方に、いまと未来になにを伝えたいですか? と質問し、
「歴史が語っているではありませんか」と回答してもらったことがあります。
ガツンと後頭部を殴られるような気づきの発端。その回答の奥行き。
簡単に教えてもらおうとしちゃいかんな、自ら学ばねばと、
呉に関心を持ちだしてからはそう、いつもわが身を律するのですけれどね。

そんな今日、「日吉台地下壕保存の会」の講演とはめぐりあわせですね。
慶応義塾大学日吉キャンパスの地下には、太平洋戦争時、
旧海軍連合艦隊司令部が置かれていました。
本来、艦隊司令部は「艦」、つまり、大和や武蔵という旗艦上にあったわけだけど、
戦争のカタチが「船」ばかりでなく、潜水艦や航空戦に広がったことで、
旗艦(艦隊の指揮艦)にいたのでは視野が狭いし、通信設備もままならぬので、
船から陸に揚がって、地下に潜ったわけです。
海戦の作戦を練ったり指令を出したり。大和の沖縄特攻もここから指示が出されたとか。

今日は、実際の地下壕見学ではなく、保存会の方の講演のみ。
実際に見学するには月2回の開催日に申し込む必要があります。
まあ、慶応義塾大学という現役バリバリの大学の地下ですからね、
大学に断らなきゃいけませんね、なんやかやと保存も大学主導みたいだし。

とはいえ。

ここまで来たんだから、なんか手ごたえがほしい。ってことで、
日吉キャンパスに行ってきました。
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第一校舎。最初、海軍軍令部はここに入って敵国情報の収集分析をしていたとか。
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こんなのもありました。地球儀のデザインですね。

のちに、学生の寄宿舎が連合艦隊司令部として使われ、
その地下に、作戦室や司令長官室などが掘られていった。暗号室や通信室。
現在見学できるのは、この寄宿舎下の壕らしい。
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地上に残っている遺跡はこの空気孔。でも、これねー。

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柵の中なんだわっ。近づいて見えんし、草ボーボー、っつの。
見学会に参加したら柵の中に入れてもらえるのかなー。
でも、こんなボーボーだと、かいーなー…。

先日、呉の海上自衛隊総監部の地下壕がマスコミ公開されましたが、
残念ながらいけないので、地下壕つながりで日吉台に行ったのです。
呉に帰れない間も、こっちでできることはする。
そっかー、こっから大和の沖縄特攻かー、と思えば鼻息も荒くなる。

日吉キャンパスは広くて、空気孔の場所がなかなかわからなくて遭難しかけた。
(校内で学生さん数人に聞いたけど、ほぼ全員知らなかった)
暑くて、汗だくだくで、腕がヒリヒリ日焼けしていった。

でも。

72年前の広島の今日はもっともっと熱かったんだ。
こんな風にセミの声なんて聞こえなかったんだ。
意識がトリップしないように注意深く歩きました。

広島と長崎の原爆投下の日の黙とうは強制するものではないと、
今日わたしは思った。強制してでもやらせたいというのはおこがましくて、
強制されなければやらないし忘れていくというのはある種仕方がなくて、
それはわたしたちが伝えていないからなんだと。
学んでいないから、今日だけとりたててそういう気分になるだけ。
わたしたちが学んでいないから。わたしがなにも知らないから。
強制しなくても祈る国であるよう、あり続けるよう、学ぶことが大事なんだ。

それで。

こども代表の言葉がすごくよかったって思ったんだ、きっと。教えられた。

2度と体験しないものを、どう、肌身に切実に知るのか。
追体験の想像力を身に着けたい、ありのままに正しく知りたいと強く思った日。
わたしはただね、自分の祖国に誇りを失いたくないだけなんよ。


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雅叙園ディナーショー1日目! [フラ&タヒチアン]

昨夜は、目黒の雅叙園で開催中サマーフェスティバル~ポリネシアンナイト~
出演一日目でした!
http://www.hotelgajoen-tokyo.com/archives/12039

わたしの所属する「Kフラスタジオ」メンバーで2ステージ。
みんなで計19曲を披露しました。
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(写真上段右から2人目がわたしですー)
ポリネシアンなイベント自体は雅叙園の夏の風物詩なのか、
連日さまざまなハラウ(クラス)が交代?で出演していて、
「Kフラスタジオ」の出演が、昨日8月4日と、次は18日金曜。
お客様はビュッフェのお食事をしながらショーが楽しめる趣向です。

特に段のあるステージが用意されるわけではないのでお客様と近い!
ドキドキしますねー。
それでも昨夜は同じ「Kフラスタジオ」のクプナ(年上のお姉さまたちのクラス)の
みなさんが見にいらしてど真ん中前列テーブルを埋めてくださり、
見知ったお顔に「れいこさーん!」と声もかけてもらって勇気百倍。
(もちろんみんなの名前を代わるがわる呼んでくれましたよ!)

ステージ中の写真はこれから各方面からいただくと思いますが・爆!
まずはご報告に、こんな感じ。
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わたしは左、目つぶりしてますね・笑。わかります?
淳子ちゃんと2人で踊った「タヒチヌイ」という曲。
腰をぐるんぐるん回す難しい曲なんですが、一生懸命2人で自主練しましたー。
(淳子ちゃんのお友だちに撮ってもらった写真・ありがとう!)
わたしはぜんぶで6曲、今回はすべてタヒチアンチーム。
プラス、各ステージのフィナーレの後ろのほうで踊ります。

次は18日金曜、盆明けのお忙しい時期とは思いますが、
ぜひいらしてください! 楽しいですよー!

ご予約はこちらから!
http://www.hotelgajoen-tokyo.com/archives/12039



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緊急時対策。 [つれづれ]

みなさんは緊急時・防災時対策をどのくらいしてますか?

うちは家人が区の職員のため、
「すわ!」というときには区民の皆様のために懸命に働く立場、ゆえ、
わたしは一人でわが身を守る用意をしておかねばなりませんの。

たとえば。
自然災害や国家間的有事などで避難指示が出たら「わたしはここに行ってるよ」を
お互いに理解しておく・・・のですが、わたしには長時間は耐えられないし、
そもそも区民の皆様のために身を粉にし中の家人にわたしを探しに来る隙は無い。
避難所に一時身を寄せ体勢を整えたら、「歩いてでも呉に帰るから」。
(もちろん呉方面が無事である前提の際に限りますが)

呉まで歩くのは無理でしょーと家人は呆れますが、
そんなこたわかってるって、
行けるとこまで行ってヒッチハイクでもなんでもするわい。
とりあえずわたしはなんとか自分でわが身を処理するので、
あなたは区民の皆様のためだけに働いてください、ってことですね。
そして万が一のことでわたしが亡くなることになっても、
指輪なり、アンクレットなり、爪のカタチでも骨の反り具合でも、
なにかしら「これだ」とわかる目印を自分なりに憶えておいてください、と。

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思いつく限りの防災グッズを詰め込んだマイバッグズ(複数形)。
これに冬用の寝袋も用意してます。
あー。
自分より容量デカいじゃん! 運べるんかいな・苦笑。

ひょっと思い出して確認したら非常食の賞味期限が迫ってました。
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せっせと食べて次のを買わないと。

でも、ですね。

こうしてわが身を、わが身だけを守る準備をしても、
いざとなったらさておき、そのとき隣にいる人を守らねばと思います。
こんど引っ越したマンションの隣は老夫婦で奥様は脚が悪そうなので、
とりあえず自宅で被災することがあればわたしは奥様を負ぶって逃げます。
火事場のバカ力でなんとかなる。常日頃フラ&タヒチアンで下半身を鍛えてるしね。

家族を守るとか、地域を守るとか、国を守るとか、あるんですが、
わたしという権限もなにもない一個の個人ができることはなにか。
“その瞬間”になにができるのか、なにをするかが大事だとわたしは考える。
いつ、なにがあるかわからない現代ならば、
“その瞬間”は家かもしれない、道かもしれない、仕事先かもしれない、
スーパーで買い物中かもしれない、トイレに並んでいるかもしれない。
どんな場所にいても、
“そのとき隣にいる人”をわたしは守る。家族とかなんとかの縛りはない。
とにかく、隣にいる人を守る。

・・・なーんてことを土曜の朝から考えたりして。
カッコつけて言うなら、それが家族、地域、国を守ることにつながるかな、なんて。
自分になにができるかを肝に据えて。

池袋アロハフェスで踊ってきました! [フラ&タヒチアン]

昨日の土曜日、池袋アロハフェスで踊ってきました!

モーレツな暑さの中、みんなもがんばって踊ったし、
見に来てくださった方もがんばった!

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理英ちゃんが来てくれました!
踊り終わって「玲子さーん!」と呼んでもらったときびっくり、うれしかった!
フルスペックのこのタヒチアン衣装は今回がお初。
ヒップベルトにモレ(すだれのような)はダブルだと結構重たい。
けど、重たいからこそぐんぐん腰が回せれば迫力が出ます。

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いつも通りに手前味噌な麗しきタヒチアンチーム。
こっちの衣装でも踊りました。なんせ1日3ステージ。
今回は髪をアップにしてちょっと大人っぽいバージョンです。

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これまた麗しきフラチーム。ミス・アメリカ!な愛称の衣装。
わたしは今回はフラチームではないですが、いつも一緒にレッスンしている仲間です。
(美人が多いでしょ?・・・っつーのが自慢です!)

本番が一番ミスしちゃうんですよねー・・・! 今回もちょっとやらかした・苦笑。
練習して練習して身体が覚え込んだものを信頼するのが大事、なのに、
勢いあまってミスしちゃうことが、わたしに限ってはしばしばで。
それでも、「みんなよかったよ」って先生が言ってくれると、
次はもっと喜んでもらえるようにがんばろうと思います。

いやー、楽しかった!

フラ&タヒチアンはわたしにとって必要不可欠な存在ですね。

タヒチアンはぐんぐん腰を回すのが真骨頂なので、
年齢とか体力とか(見栄えとか!?)でいずれ限界は来ると覚悟していますが、
やれるところまではがんばろうと思っています、なんせ楽しいんで。
モレとヒップベルトの重さに耐えられる下半身の体力・筋力を養うことが、
目下の密やかな目標です。いやー、わたしって真面目やね・笑!?

次は、8月に目黒雅叙園で踊ります。
お見逃しなきよう、よろしくお願いいたします!
http://www.hotelgajoen-tokyo.com/archives/12039

レターセラピー。 [手紙]

先日、2度目のお手紙レクチャーをしました。
初のお手紙セミナーに来てくれた方から、
「また書きたいので」とリクエストをいただいて。

1時間ほどマンツーマンで親密に内容を詰めていきます。
ごくごく個人的な体験と想いと伝えたい気持ち、言葉。
どうしていまその方に書きたくなったのか、一番綴りたいことはなにか。
わたしは第三者なのでその方が宛てるお手紙のキミを知りませんが、
話していくうちにイメージが湧いてきます。

数日後、下書きが届きました。
直す必要なんてない、素敵なお手紙が仕上がっています。
わたしが行うのは、お手紙を書いた人と、もらう人、
どちらの目線にもなって、複眼的な、確認、とまでもいかない、最終チェック。
書きたい気持ちを話し合ったとき、わたし自身が受け止めた感覚や共振が、
心置きなく現れているかを、そっと空から見る感じです。

お手紙のいいところは、書こうと思い立ってから実際に書くまでの心の流れ。
「レターセラピー」というものが、実際、あるそうです。
精神分析のプロから聞きました。
その分野で言われるレターセラピーが、わたしの感じている、また、
わたしたちの行っているものとまったく同一かはわかりませんが、
お手紙を書くことによる浄化は、確実に、起こります。

手紙の書き方うんぬんは、ほとんど、関係ない。
大事なのは思いやり。
やさしい手紙ばかりではない、ときには辛くてキツイ手紙もあるでしょう、
でも、どんな手紙にも、思いやりだけは、こめることができる。

ええと。
いまはわたし自身がバタバタと落ち着きがないので・苦笑、
なかなかセミナーを企画できず歯がゆいのだけど、
お手紙活動は、密やかにずっとずっと続けたいと思います。

また書きたいからと、また言ってもらえるとうれしいな。

いろいろと大事なことが増えてくねー。

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写真はほぼ関係ないけど・笑、大天使ミカエル。
わたしの机上でわたしを見ててくれます。


呉鎮守府地下壕から、防空壕の話をすこし…。 [呉調査]

昨日(7月17日)、呉のニュースが東京にいるわたしにも飛び込んできました。

海上自衛呉地方総監部が、戦時中の地下司令室を初公開。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170717/k10011062261000.html
ニュースソースはいろいろあるのですが代表して。

報道陣への公開はこのたびが初で、今月末には一般にも公開されるそうです。
地元の学校(呉工業高等専門学校)と協力して調査していくという点も注目。
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チラシ右上のほうにインフォメーション出てますね。

行きたいなー。行けなくて残念・泣。

地下壕の存在は戦後隠されていたわけではなく、倉庫に使われるなど、
あるということは知られていたそうです、・・・わたしは知らなかった。
というか、まったく興味がなかったんでしょうね。

でも、呉を学び始めたいまはガンガンに前のめりで興味津々。
呉在住の行かれる人、あとでぜひどんなだったか教えてくださいね!

記事で見る限り、地下壕はとても広く、壁は頑丈で、12の部屋が確認され、
呉が襲われた数々の空襲の被害はほぼ無かったとか。

呉の人と町を守るためにここで最後まで作戦会議が行われ、極秘資料を守った――。

人は「地面の中の穴」に生き延びる術を求める。
地面が、地球が、最後には駆け込むふところなのかなー、とか。
地下壕で、「防空壕」を連想しました、いや、
決して同線上に安易に並べて考えるつもりは毛頭ありません。
ただ、呉には、いたるところに防空壕があったんだよなーと、
自然と連想してしまったんです。

わたしも、丸古の「本家」の庭にあった防空壕で子どもの頃は遊んでいたと思う。
祖父母の入院や両親の仕事の都合でよく預けられていましたからね。

いまは潰されてなくなったようです。
でも、丁寧に呉の町を見ると、「ここ防空壕だったんじゃない?」は、
びっくりするほどたくさんあります。

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両城町にある横穴式防空壕跡。崖に横に掘り進むタイプですね。

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宮原町の道路わき。穴の前についたてがあったか無いかで安否はわかれました。

防空壕におけるさまざまなお話は、また改めて紹介していきますが、
そうか、呉にはこんな風景が普通の中にあるんだなってことを、まずは。
わたし自身、興味を持たなければスルスル見過ごしていたものばかりです。

防空壕を知ったからこそ、地下壕にも多大な興味が湧く。

「当時の人と同じ風景に立ちなさい」。

同じ風景に立ちたい、立つために、見過ごしてきた風景に気づきをもって目を凝らし、
初公開のニュースに沸き立ってぜひこの目で体験したいと欲する、そうなんです。

ま、どうあがいても今回の呉総監地下壕は無理なので・泣、
どうぞ見た人はレポくださいませね★




呉と豊洲が似てる? [呉調査]

呉がいまも造船と製鉄の町として在るのは、
元をたどれば呉海軍工廠からの技術を受け継ぐから。
終戦後、戦艦や兵器造りはもちろん解体されますが、
呉の湾岸の一等地にある工場群をどうするのか。
さまざまな書物を読むと「戦犯工場」と呼ばれた時代もあるそう。
そりゃ、そうですよね、兵器を造っていたのだからね。
一等地の巨大な工場群自体を壊すにも莫大な費用と人員が必要です。
そこで呉は、同じく工廠のあった、横須賀、佐世保、舞鶴と共に
海軍施設を平和産業へと転換する「旧軍港市転換法」を訴えました。
昭和25年のこと。終戦から5年目の出来事。
住民投票を経て成立したと、「呉の歴史」書にも記されています。

昨年(2016年)4月に呉は「鎮守府~日本近代化の躍動を体感できるまち~」として
横須賀・佐世保・舞鶴と共に4市で日本遺産の認定を受けましたが、
過去に一緒に「旧軍港市転換法」を訴え叶えた仲間だったんですね。

で。

旧軍港市転換法によって民間企業の誘致が進みます。
呉で有名なのは、日新製鋼、淀川製鉄所、IHI、など(ほかにもありますよ)。

個人的には「IHI」がなんだか記憶にある。
小学校の近くにIHIの社宅があって友だちが住んでいて遊びに行ってた。

最近、強烈な人脈をお持ちの方にご紹介いただき、
IHIの歴史を聞かせてもらう機会がありました。

創業の歴史は江戸時代にさかのぼります。
わたしたちのよく知っているIHIの改称前は石川島播磨重工業。
東京の豊洲で誕生。呉造船所は戦後に海軍工廠跡地を利用して設立。
現在、呉には、造船のJMC(ジャパンマリンユナイテッド)と、
航空機のジェットエンジンなど機械加工のIHI呉第二工場があります。

「大和のふるさと」。
大和を建造したドックの屋根部分だけが現存保存されています、ここがJMCですね。
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ところで。
IHI本社は豊洲、現在わたしの住まう場所からめちゃ近距離!

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いまの豊洲の道端にある案内図。完全に埋め立て地ですね。
江戸時代の新地開発で埋め立てられたのでしょうか(後で調べます・汗)、
この洲の一帯は造船所だったそう!
地図の左側をよくよく見ると、陸が船型に凹んでいる部分、わかります??

いま、当時のドックが一つだけ残されている。ららぽーとの中にあるの!
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「NO.2 DOCK」と記されています。
右奥に見えるクレーン、憶えといてくださいね!

反対から見るとこんな感じ。背景に見えているのが、ららぽーと。
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そして、そして。うちから見えるららぽーと方面。
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夜。前の写真で右奥に見ていたクレーンがライトアップ!
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わかるかな・・・。
青、赤、黄、緑・・・と、30秒か1分おきに色が変わるんです。

このクレーンはIHIの造船所時代の名残でした。
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いまはクルーズ船が出港してます。
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証拠。

ららぽーと豊洲の正式名称は「アーバンドック ららぽーと豊洲」。
わー、ちゃんとアーバン「ドック」って名前を活かしてる!

家人の仕事都合により意図せずこの地に引っ越してやっと一カ月。
そんなこの地に呉とのつながりを見つけ、興奮しました。
呉の眺めとはぜんぜん違う、なのに、似てる。
もしも引き寄せられて来られたのなら、なかなか呉に帰れず恋しくても、
この場所ならいっぱい呉のこと考えて、また、客観的にもなれて、
ちょうどいいのかもしれない、なんて。

(しかし・・・、クレーンの眺めの真ん前に高層ビルが建つ予定。
この眺めが保証されるのはあと半年か・・・泣)
(うちからの眺めの写真で手前に見えるクレーンは高層ビル建築クレーンで、
造船とはなんの関係もありません・・・! はあー!)



フラ&タヒチアン出場@池袋&目黒雅叙園。 [フラ&タヒチアン]


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何度目かの告知ですが……爆! 
目下みんなで一生懸命レッスンしているんですが、それがですね。

実は今月7月22日土曜もイベント出場するんです!
池袋アロハフェス!
http://www.kanko-toshima.jp/Event/event_05.html

池袋では22日の一日に3ステージ踊ります!
出演予定時間は、
①池袋西口駅前11時22分~
②東池袋中央公園14時57分~
③豊島区役所16時40分~

目白押しです、さすが夏。アロハな季節。

ディナーショー@目黒雅叙園もよろしくお願いいたします!
[黒ハート]ホテル雅叙園東京のサマーフェスティバル~ポリネシアンナイト~[黒ハート]
Kフラスタジオがディナーショーに出演いたします〓皆さん是非お越し下さい[ぴかぴか(新しい)]
2回目のショーの時間が20時からに変更になりました[時計][ぴかぴか(新しい)]
日時:8月4日(金)
   8月18日(金)
場所:宴会場(華しずか)
開場時間:17時30分~(開場時間は17時30分ですがそれ以降も入場可能です)
ショー時間:1回目18時30分~
      2回目20時00分~
料理:洋食中心のビュッフェスタイル(南国料理あり)
金額:大人5,000円(ショー&ビュッフェ含む)
*シニア、子供料金あります。詳しくは電話でお問い合わせて下さい。
*お飲み物は料金に含まれておりません。
☆ご予約受付開始しております。
座席は先着順になります。
ご予約先
ホテル雅叙園東京(目黒雅叙園)
[電話]03-3491-4111
ご予約時、日付をお間違えないようお伝えください!
ご来場お待ちしております。
よろしくお願いいたします〓

http://www.hotelgajoen-tokyo.com/archives/12039
↑ こちらからもご予約できますー。

海底の戦艦大和。 [呉調査]

現在、呉の大和ミュージアムでは「海底の戦艦大和」と題した企画展をやってます。
昨年2016年5月に行われた、呉市による潜水調査の結果報告。
今年2017年4月26日にスタートし7カ月間、11月27日まで。

あいや、わたしはまだ実際には見れていません。
関係書籍とガイドブックを手に入れただけで。
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右は企画展以前に発行されたもの、DVD付2700円也。
左は現在ミュージアムで購入できる簡潔サイズのガイドブック300円也。
書籍のほうはビジュアル中心、ガイドブックはもうちょっと詳しく解説されている。

太平洋戦争の末期、戦艦大和は沖縄特攻の下命を受けて出発。
沖縄に到着する前に米軍に攻撃されて沈没しました。
3332名のうち、3056名が戦死、生還者は276名。
これは大和だけの数です。
沖縄特攻には二等巡洋艦「矢矧」のほか、駆逐艦が8隻出て、
駆逐艦「霞」「朝霜」「磯風」「濱風」沈没、「冬月」「初霜」「雪風」「涼月」帰還。
大和以外の9隻のうち5隻が沈み、981名の戦死者を出しました。

大和ミュージアムに行ったことがある人は知っていることですが、
ミュージアムの大和コーナーには沖縄特攻で戦死した方の名前が掲示されています。
それはもう小さな文字で壁一面で、圧倒されます。
わたしの遠い親戚(父方の祖母のいとこ)も大和と運命を共にされたので、
ここを訪ねると必ず名前を探す、大和ミュージアムでわたしが行う大事な作業の一つ。
でも。
ここに名のない人もいっぱいいっぱい命を落とされている。
全員が死ななくてよかった人たちです。

ガイドブックを見ていると、過去の潜水調査についても軽く触れられており、
それぞれの潜水調査の目的がすこしずつ違うことに気づかされます。
海の墓標委員会は大和の沈没地点の確認と遺骨収集や慰霊のため、
(もちろん、遺骨収集においては非常に繊細な配慮と考えが必要です。)
大和プロジェクト(テレビ系)や今回の呉市は大和の現状や構造を知るため。

今年の初め、呉市役所に飛び込んで、潜水調査をした方の話を聞きました。
(インタビューの詳細はいずれちゃんと発表します)
前回潜水調査から17年潜水調査を行わなかった理由には、
一つは予算的問題もあるけれど、もっとも大きなことは遺族の想いでした。
大和をはじめ海底に眠る艦艇は、それ自体が墓標、お墓なのです。
いくら学術的な目的があるとしても墓あらしと変わりない。
そうした想いと折り合いをつけながらのタイミングは難しかったのだとか。

また、この潜水調査に同行した若い新聞記者さんにも話を聞いたんです。
息子かよっ!って年代の彼の目はいったいなにを見てきたんだろうと。
(これもいずれちゃんと発表します)
話の中で印象的だったのは、「生活の跡が見えたことに胸が詰まった」。
46cm主砲や、船首の菊の御門、バルバスバウ、厚い甲鈑、
ボイラー室、船尾のスクリュー、このたび初めて確認したという測距儀と、
大和らしさの技術を目の当たり(モニター越しとはいえ)にするのもすごいことだけど、
それ以上に、乗組員らの居住区の跡に心をもっともつかまれたのだと。

彼が当時そこにいれば年齢的に中堅どころだったでしょう。
部下を持ち、その命を預かっていたのかもしれません。
彼のそんな感想に、わたしの心もザワザワと騒ぎました。

大和は活躍の場を与えられることなく失われたと言われますが、
「大和だけじゃないけど軍艦に“活躍”の言葉はいけん」と、
そんな風に言う人もいます。
すごく、すごく、真摯に考えなければならないことなんだ。
言葉を書く人間としてズキューンでした。

それと。
こんなことも教えてもらいました。
歴史をさかのぼって書こうとするとき、たとえば、被害者約●●名って書き方をしがちたけど、
「一人としておろそかにしてはいけない、一人も漏らしてはいけないんです」。
軍関係であろうと、軍属であろうと、市民であろうと、一人として無名な人はいない。
全員に名前があって、その名を呼ぶ人がいたのですから。
全員が確実にその時代を生きてわが身の為すことをしていたのですから。

ギュッと気持ちを引き締めた一瞬でした。

★今後も含め、なにか間違った記述をしていたらドシドシご指摘くださいませ★

この夏の間に企画展ぜぇーったい行かなきゃね!