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ソロ・フラ。 [フラ&タヒチアン]

先日、ウエディング会社勤務時代の先輩にお誘いを受け、
とあるパーティーでフラを披露しました。
結婚にまつわるさまざまな人々が集まり、親睦を深めながらつながりを作る。
いま、わたしはウエディングからほど遠い仕事だけど、
新卒で入社したワタベウエディングの先輩・上司の方々には
いまだにかわいがっていただいています。不思議なつながり。
生意気盛りの当時のわたしを笑って許して励ましてくれた方々に、
これでお礼の一つでも……、たぶんそんな力はないけど・苦笑、
好きなフラを踊って喜んでもらえるなら、エーンヤコーラ!

プロにメイクもしてもらっちゃった!
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ぎゅゅっとアップで大人っぽいバージョン。
いつもはいい加減な(爆!)アイメイクもばっちり。

出番は2回。なんと、オープニングでいきなり踊る!
説明は一切なし。
音楽が鳴り始め、皆さんが「んん?」なところに出ていって一曲目。
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「ハワイウエディングの帰国後パーティー」が今回のテーマ。
せっかく踊る人がいるなら(わたしのこと)サプライズな演出にと。
ええー、わたしで大丈夫かいな・汗? と、最初は焦ったけど、
後で聞いたらなかなかの評判をいただけたようでした!
2回目はさすがに紹介を受け、新郎新婦(本物ではなくモデルカップル)のそばで、
祝福も込めて踊る設定です。

せっかくなので、衣装チェンジしちゃいました★
(最初の衣裳はへそ出しなので)
(次に踊るまでの間は飲み食いしますからね、お腹を冷やさないように・笑)

演出の一部として微力ながらお力添えができたこと、
生意気なOL時代を見守ってくれた先輩方に再会できたこと。
なかなかないソロで踊っちゃったこと。経験ですねー。

今年のフラ見せはこれで終わりかな?


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本物っぽいか、本物か。 [呉調査]

盆明け弾丸呉帰還のご報告、すこしずつですが進めていきます。

昨年2016年5月に呉市による戦艦大和の潜水調査が行われ、
現在大和ミュージアムにて「海底の戦艦大和ー呉市潜水調査の成果ー」の
特別展示が開催されています。11月27日まで。

今年初めに、実際に潜水調査をされた職員さんと学芸員さんにお話を聞きました。
同行した若い新聞記者さんにも。
約50時間の映像と約7000枚の写真を撮影してきたとのこと。
新しい発見もあったし、過去3回の潜水調査から年を経て朽ちた実態もわかった。
どのような展示にするのか、非常に考えられたと思います。

4月末に始まった特別展示がようやく見られる。
期待して行ったけど、すこし物足りなかった。

解説のパネル展示は、300円のパンフレットと同じ。まあ、
見学した後にパンフレットを購入すればおさらいできるので、助かります。
ただ、「展示でしか見られない」感がすくないのは残念。
7000枚もある写真を(出し惜しみせず)見せる方法はなかったのかな。
もちろんすべてではなくても、もうちょっと、閲覧者が自由に見られるように。
写真で畳みかける感じがあっても良かったなあと。

一方、数分に編集された映像解説は見やすかったです。
主砲とか、バーベットとか、甲鈑とか、缶室とか、測距儀とか、
艦艇の専門言葉がわからないと「???」だけどそれは仕方ないとして、
海底の現状はこうなのか、とわかる以前に、「戦艦」とか「大和」とは、
ごっつい鉄のかたまりなんだってこと、兵器であるということを、
イメージではなく映像の事実で見て知ることは大事でした。
わたしは「一方的に見せられる」ことが苦手なので・苦笑、
映像が長すぎないのが良かったのは非常に個人的な好き嫌いの理由で・爆。

見せどころはこれだった、のかな。
大和レプリカ.JPG
海底の傾きとほぼ同じに造られたレプリカ。
残念ながらあまり人を集めていません。
照明が暗いせい? 劇的な解説がないせい? ……ちがう。
「本物っぽいにせもの」はいらない、から。
明らかにレプリカなので惹きつけられない。原寸大を見せたいなら、
ここまで作らずとも、7000枚の中から拡大写真を置いたほうが、まだ。

大和3D.JPG
いま、海底の大和はこんな風に散らばっている。
こっちの展示を中心にするのもアリだったんじゃないかな。
これも完全なる模型だけど、レプリカとは目的が違う。
当時世界一と言われた巨艦がコッパみじんという事実。
どれが主砲搭で、どれが測距儀でと、非常に興味を持ってのぞき込む。
鉄の塊、技術の粋、爆破の恐ろしさ、戦争とは――。

ああ、欲を言えば、新聞記者の若者も言っていた「生活の跡」も、
勇気をもって展示しても良かったかもしれない。
遺族感情は確かにあるけれど、わたしたち全員が、日本の遺族。
見たい/見たくない、感情はごく個人的に真逆に振れる。
直接的な遺族が途絶えればおしまい、ではないから、
見たいも見たくないもわたしの中にもある。

せっかくの特別展示。特別な想いを抱かせてくれますように。

機会のある方はぜひ足を運んでください。そして、
抱かれた想いをわたしへのご指摘もぜひぜひよろしく何卒☆彡



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誉められて育つ! [ライター仕事]

ちょっとお久しぶりにライター仕事ネタです。
このところのディープな呉ネタの、箸休めな感じで・笑。

ただいま絶賛発売中の雑誌『FLIX』さんにインタ記事出ました。
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表紙が写真掲載NGな方なのでぬりぬり失礼します・汗。
わたしが今回インタしたのはこの方ではなくて・・・。

泣く子も黙る!?ジャニで大人気の松〇潤さんです!
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こちらもギリギリお顔が隠れるように。わたしの名前だけ大アピール。
・・・と思ったら、写真、ボケてますね。右端にクレジット入れていただいてます。

普段は舞台(ローチケ演劇宣言さん)やドラマ(関テレさん)が多いですが、
ときどきお声掛けをいただいて映画のインタビューもします。
FLIXさんは「丸古さんの自由に書いてね」的な野放しなので・笑、
文字量だけ渡され、後は、自分で文章構成を考える。
そして、多分に、わたしの個人的な表現を盛り込みます。

まつじゅんさんのインタは、カコミから始まりました。
すんごくたくさんの媒体が来ていて、席順でわたしはたまたま質問順が最後。
前半の媒体さんが時間をたっぷり使っちゃったもんで・苦笑、
わたしの持ち時間はわずか・・・。えー、〆になにを聞いたらいいかしらん?
しかも、「お後がよろしいようで」な回答するのが相手も気持ちいいはず。
しかも、しかも、ほかの媒体に取られてもいい内容・・・。

まあ、そんなこんなで、多くの媒体がひとつの回答から文章を起こすことになるため、
どんな文章構成にするかはとても重要になるのですね。
わたしらしく、FLIXさんらしく、なによりまつじゅんさんらしく。

その後にすこしもらえた個別インタビュー時間で、
原稿ラストのほうは独特のものになったとは思います。

それで。

ふとある日、FLIXさんから「評判いいですよー」って連絡もらいました!

なんか、SNSとかで「FLIXのまつじゅんページいい!」な投稿が多数。
さらに、「お葉書も来てるよー」。感動してくれたファンの方が雑誌宛に
お葉書を届けてくれるのです。わざわざハガキを用意してペンを持って書いてって、
アナログな感じに感激するじゃああーりませんか。
(写真がとっても素敵なのでそれがミソですが、テキストにもお誉めが)

うれしいです、素直に!

わからないものですね、ほんと。

どんな言葉が、表現が、切り取り方が、どんな方に突き刺さるのか、って。
ある意味、客観的になれる瞬間でもあります。客観的に自分を学ぶ。


こういううれしいことがあるので書き手はやめられません。
わたしゃ、誉められて育つのよー!笑




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伝え方の変化。 [呉調査]

18日に雅叙園ディナーショーを終えて翌日19日から、
疲労した身体を引きずって弾丸呉帰還。3泊と短かったけど、
またまたじゅうじつしすぎる濃い濃~い時間と体験。しばらく復活不可能・苦笑。
すこしずつご報告していきます!

今回の帰呉の目的は、まずは盆(明け)の家への定例顔見せ。
それと、東京でパチパチ文作にあたって疑問や穴のある部分を確認すること。
もうひとつ大きな目的がありまして、それは次回のブログで★

帰呉したその夜は幼なじみたちとてっぺん越え飲み会。
なんでこうも毎度毎度、話題と笑いが絶えないかね・笑。
「おかえり~」「ただいま~」。
このごろ何度も帰呉するからこっばずかしいんだけど、
「なにようるん、いつでも帰って来んさい」と。そうだここはわたしのふるさと。

「ふるさと」のフレーズから呉といえば「大和のふるさと」がいまのキャッチコピー。
旧呉鎮守府司令長官官舎の入船山記念館に続く美術館通りには、
戦艦大和のストーリーを辿るマンホールが設置されています。
大和マンホール.JPG
足元をチェック!
こんなデザインマンホールが坂の上の入船山記念館前まで続いていく。

戦艦大和は何度か姿を変えています。甲板に載せてる対空兵器が変わっていくの。
戦いのたびに故障して修繕して追加して変更して次の戦いに備える感じで。

竣工時。
竣工時.JPG

捷一号作戦(レイテ沖海戦)の時。
捷一合作戦.JPG

天一号作戦(沖縄特攻)の時。
菊水天一.JPG
「菊水一号作戦」と記されているけど、正しくは「天一号作戦」ではないか、との指摘があります。

……ええと。こんなマニアックに見せられても困るかもだけど・汗、
よくよく見てください、搭載されている対空兵器、すなわち副砲や高射砲の数や位置が
それぞれ違っている。ハッキリ言ったら増えていくの!

デザインマンホールはぜんぶで10個あり、美術館通りに8個、
長迫公園(旧呉海軍墓地)に2個。長迫の2個は今回見逃したので次にお預け。

写真を撮りながらフムフム登って入船山記念館へ。
入ってすぐに高烏砲台(休山)から移築した火薬庫があります。
入船山火薬庫.JPG

ここに古い絵画が展示されていてそれが見たくて行ったのだけど…。
火薬庫の絵.JPG
本物はなくなり、スライドになっていました……。

「つい半月前なんですよ。もう絵も古くなって展示に耐えられなくてね。
絵のほうが説明しやすくてよかった。これになって説明しなくなりましたね」
と、ボランティアガイドのおじさま。

もったいない。

絵には、リアルな写真とは違う「当時の空気感」が現れていた。
筆を走らせる画家の主観が混ざるということは、当時の人々の思いが、
構図や色や切り取った景色にあった。それを再度感じて行ったのに、
とっても残念でした。

しかも。

同じ火薬庫の中の絵とは反対の壁では、新キャラクター「呉氏」のプロモビデオが。
うーん…。
子どもはこれを見ればおしまいだし、肝心の絵のほうは親も無視していく。
火薬庫の空間に「くれーしー、ごな、くれーしー♪」が響きまくって参った。


いや、いいんだけどさあ。

なんか、ちょっと、これでいいのかなあって。

ここ入船山記念館(旧呉鎮守府司令長官官舎)は、元は亀山神社があった場所。
神様を遷宮させて海軍が陣取った。
入船山窓.JPG
歴史民俗資料館の窓から、いまの亀山神社が見えていたんだけど、
緑生い茂る夏のせいか、剪定してないせいか、ほとんど見えなかった。
冬の季節に行けば見えるかなあ。

伝え方の変化、というものを、すくなからず感じました。
いまの人にわかりやすいように、興味が持てるように、キャッチーに。
決して間違ったことではないと思う、ただ、残すところは残したい。
残せる方法を考えたい、なあと。

わたしはたぶん「いまの人」のグループに属する。
まずはわたしが興味を持てる方法を探してチャレンジします。


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雅叙園ディナーショー2日目! [フラ&タヒチアン]

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雅叙園ディナーショー2日目を無事に終えました!
(ちなみに上写真は右端手前の帽子がわたしです)

仲間たちのお客様も大勢いらしてヒューヒューの大声援。
「おもしろかった!」と言っていただいて、おもしろい…?・笑。
おもしろく楽しんでいただけたのならとってもうれしいですね。

前半/後半の2ステージで全19曲。
わたしの出たとこだけですが、すこしご紹介。
仲間の従姉妹さんが撮ってくださった写真をお借りしまーす!
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左端の紫がわたしですー。

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手にしているのは「イイ」というタヒチアンの持ち道具。

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前のブログでも書いた「タヒチヌイ」という曲。
ものすごく腰を回す演目なので・汗、必死でした。
わたしはどうも右腰を回すのが不得意(右腰が硬いのかな?)で、
必死で練習しては湿布を貼るの繰り返し・苦笑。

ディナーショーは初めてだったので良い経験をさせてもらいました。
今年のステージはこれが最後かな?


いつか、地元の呉でも踊れたらいいなー。

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終戦の日に。 [呉調査]

太平洋戦争が終わって72年。長いです。長いけれど、
自分が生まれた昭和45年が、終戦からわずか25年目だったと思うと、
わたしの体もいくばくかの「戦後」の空気感を幼い時期に浴びていたのではと、
そう思いもするのです。

戦争体験者が高齢化して話を聞くのが難しくなってきた。
でも、まだ、すこしは聞ける。これってすごいことです。
幕末とか戦国時代のことはもう誰にも直接は聞けないわけだから、
それとは違って太平洋戦争についてわずかでも直接聞けるのは、すごいこと。
この機会を逃してはならないと思います。

とはいえ。

なんのツテもない一塊のわたしではなかなか難しいんですけどね・汗。

単に勇気がないってのもある。誰か教えてください、聞かせてくださいと、
当たって砕けろをがんばってはいるのだけれど、なかなか、なかなか。

呉を調べはじめ、「呉だけでは収まらない」ことに気づいて唖然とします。
もちろん、「呉」だけでも、わたしのような者では受け止め切れない
大きな大きなものを孕んでいて、器がぜんぜん足りないんです。
それでも、1年前と比べたら、ずいぶんがんばって勉強したんだよ・笑。

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呉の戦災の体験記と資料を編集したこの本は、もう、
呉市内にはほぼ残っていないそう。
先日の帰呉で訪ねたおば様にいったんお借りしたんだけど、
「この時期はひっぱりまわされて、質問攻めで、本が必要になって」と
ご連絡をいただき返却しました。いずれ要らなくなったら譲ります、と。
それは、おば様からもうお話が聞けなくなったときを指すもので、
すぐには返事をしかねたけれど、「大切にしてくれる人にあげたいの」。
それまでに信用していただくに足る人になろうと、「はい、いただきます」。
小さくて硬いダイヤモンドの原石みたいな約束をさせてもらった。

ちなみに、本はもうないけれど、中身は読めます。
http://kure-sensai.net/Book/KuroiBonchi/KuroiBonchi.htm
(呉の戦災を記録する会)

一方で、呉が抱える自衛隊のことも、すこしずつ、知っていく。
江田島の海上自衛隊第1術科学校・幹部候補生学校を見学(ちょっと前)。
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こちらは呉市内の通称・てつのくじら館、海上自衛隊呉史料館。
「このアングルがいいんだよ~」ってボランティアガイドのおじさん撮影・笑。

ち、ちょー難しいんだけどこんな書籍も。
同じような話をいろんな本で何度も何度も繰り返し読んでやっとすこしだけ憶える感じ。
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ほかの方がFacebookでシェアしていたので知ったのだけど、
http://www.rosenkranz-jp.com/Information/People_musical_instrument_music_car/famous_saying/emperor.html
玉音放送の「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の原文の意味は、
現代のわたしたちが印象付けてしまっているものと違うようですね。
耐えて忍んで敗戦を受け入れるのではなく、
これからどんなに辛いかもしれないが耐えて忍んでがんばろう、という意味。
(かなり意訳です、きちっと原文見てくださいね)

わたしたちは、すくなくともわたしは、決して戦争を美化しない。
ただ、「歴史が語ること」に真摯に耳が傾けられるかどうか、目が開けるかどうか。

愛とは、寄り添うこと、耳を傾けること、と言います。
歴史を体験し、いま目の前にいてくださる方々に愛を寄せて、
ますますがんばります…、と、今日だからちょっと決意を書いてみました。



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PLAYER。 [つれづれ]

このところ以前ほど芝居熱が上がらず、仕事では見るんだけど、
自分でチケット取っていくのは久しぶり。
仲村トオルさんの「プレイヤー」@渋谷コクーン。
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出演キャストは、藤原竜也さん、成海璃子さん、シルビア・グラブさん
峯村リエさん、高橋 努さん、木場勝己さん、真飛 聖さんなど豪華。

んでもって、演出は長塚圭史さん、長塚京三さんの息子さんですね。
作は前川知広さん。この前川さんってのが妙にミソ。

仲村トオルさんは、関西テレビのドラマ「チーム・バチスタ」シリーズで
何度かインタビューさせていただいてお人柄とトークに惚れてます。
トオルさんの舞台を最初に見たのは、ケラさんの作品だったかなー。
(ケラリーノ・サンドロヴィッチさん、有頂天ってパンクバンドの人、日本人)
以来、ケラさん、野田秀樹さん、白井晃さんなどの演出ものも拝見。
今回作の前川さんの『奇ッ怪シリーズ』も好きです。

死者の声が、選ばれし者(Player)の身体を使って再生(Play)される、
というサイコホラー。それで「プレイヤー」。かなり不可思議な構造でした。

ある作品を上演するために集められた役者たちが、稽古場で、演出家のもと、
稽古しながら次第に役か自分かわからなくなっていく、というような。
……つーか、役か、役上の役かが、わからなくなったのはわたしのほうだけど。
そもそも役の名前と、役上の役の名前を覚えきれないので、
いまどっちの名前で呼び合っているのか、劇中劇なのか、劇なのか、
だんだん混乱して、けれど脳の中心は直感で澄んでいく、みたいな感覚。

死者の言葉を無意識でしゃべっている人々、プレイヤー。
非常にサイキックなことなのだけれど、
いま、わたし自身、呉のむかしを調べ、むかしと同じ風景に立とうとしているから、
なんだか「他人事」ではない気がしたのも、本作に魅入られた理由かも。

いつもは観劇後に楽屋にお邪魔してご挨拶しますが(マネージャーさんがまた良い方で)、
次の用が迫っていたのであきらめた。残念。
芝居後のお疲れな中にもトオルさんはいつもちゃんと聞いたことに応えてくれる。
今回の話は実に奇怪で脳みそが大興奮状態だったから、ほんとお話したかった。
前川さんの世界観にトオルさんの存在はすごく合ってる。
次回はぐいぐい聞いてみよう。


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広島原爆投下の日に、日吉台地下壕の講演。 [呉調査]

今日、8月6日は広島に原爆が投下された日。
毎年8時15分にはテレビをNHKにして一緒に黙とうします。
その後の市長の平和宣言は比較的に平易な言葉で述べられる印象で、
良いことだと思う。今年はとくに、こども代表の言葉が良かったな。
「未来に戦争の体験をする必要はありません。けれど、
過去の戦争を学ぶことは必要です(ハッキリ言葉は憶えてないけどこのような内容)」。

そう、本当に。

未来に戦争する必要はもうない、けれど、過去を知り学ぶ必要はある。
戦災を伝える方に、いまと未来になにを伝えたいですか? と質問し、
「歴史が語っているではありませんか」と回答してもらったことがあります。
ガツンと後頭部を殴られるような気づきの発端。その回答の奥行き。
簡単に教えてもらおうとしちゃいかんな、自ら学ばねばと、
呉に関心を持ちだしてからはそう、いつもわが身を律するのですけれどね。

そんな今日、「日吉台地下壕保存の会」の講演とはめぐりあわせですね。
慶応義塾大学日吉キャンパスの地下には、太平洋戦争時、
旧海軍連合艦隊司令部が置かれていました。
本来、艦隊司令部は「艦」、つまり、大和や武蔵という旗艦上にあったわけだけど、
戦争のカタチが「船」ばかりでなく、潜水艦や航空戦に広がったことで、
旗艦(艦隊の指揮艦)にいたのでは視野が狭いし、通信設備もままならぬので、
船から陸に揚がって、地下に潜ったわけです。
海戦の作戦を練ったり指令を出したり。大和の沖縄特攻もここから指示が出されたとか。

今日は、実際の地下壕見学ではなく、保存会の方の講演のみ。
実際に見学するには月2回の開催日に申し込む必要があります。
まあ、慶応義塾大学という現役バリバリの大学の地下ですからね、
大学に断らなきゃいけませんね、なんやかやと保存も大学主導みたいだし。

とはいえ。

ここまで来たんだから、なんか手ごたえがほしい。ってことで、
日吉キャンパスに行ってきました。
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第一校舎。最初、海軍軍令部はここに入って敵国情報の収集分析をしていたとか。
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こんなのもありました。地球儀のデザインですね。

のちに、学生の寄宿舎が連合艦隊司令部として使われ、
その地下に、作戦室や司令長官室などが掘られていった。暗号室や通信室。
現在見学できるのは、この寄宿舎下の壕らしい。
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地上に残っている遺跡はこの空気孔。でも、これねー。

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柵の中なんだわっ。近づいて見えんし、草ボーボー、っつの。
見学会に参加したら柵の中に入れてもらえるのかなー。
でも、こんなボーボーだと、かいーなー…。

先日、呉の海上自衛隊総監部の地下壕がマスコミ公開されましたが、
残念ながらいけないので、地下壕つながりで日吉台に行ったのです。
呉に帰れない間も、こっちでできることはする。
そっかー、こっから大和の沖縄特攻かー、と思えば鼻息も荒くなる。

日吉キャンパスは広くて、空気孔の場所がなかなかわからなくて遭難しかけた。
(校内で学生さん数人に聞いたけど、ほぼ全員知らなかった)
暑くて、汗だくだくで、腕がヒリヒリ日焼けしていった。

でも。

72年前の広島の今日はもっともっと熱かったんだ。
こんな風にセミの声なんて聞こえなかったんだ。
意識がトリップしないように注意深く歩きました。

広島と長崎の原爆投下の日の黙とうは強制するものではないと、
今日わたしは思った。強制してでもやらせたいというのはおこがましくて、
強制されなければやらないし忘れていくというのはある種仕方がなくて、
それはわたしたちが伝えていないからなんだと。
学んでいないから、今日だけとりたててそういう気分になるだけ。
わたしたちが学んでいないから。わたしがなにも知らないから。
強制しなくても祈る国であるよう、あり続けるよう、学ぶことが大事なんだ。

それで。

こども代表の言葉がすごくよかったって思ったんだ、きっと。教えられた。

2度と体験しないものを、どう、肌身に切実に知るのか。
追体験の想像力を身に着けたい、ありのままに正しく知りたいと強く思った日。
わたしはただね、自分の祖国に誇りを失いたくないだけなんよ。


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雅叙園ディナーショー1日目! [フラ&タヒチアン]

昨夜は、目黒の雅叙園で開催中サマーフェスティバル~ポリネシアンナイト~
出演一日目でした!
http://www.hotelgajoen-tokyo.com/archives/12039

わたしの所属する「Kフラスタジオ」メンバーで2ステージ。
みんなで計19曲を披露しました。
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(写真上段右から2人目がわたしですー)
ポリネシアンなイベント自体は雅叙園の夏の風物詩なのか、
連日さまざまなハラウ(クラス)が交代?で出演していて、
「Kフラスタジオ」の出演が、昨日8月4日と、次は18日金曜。
お客様はビュッフェのお食事をしながらショーが楽しめる趣向です。

特に段のあるステージが用意されるわけではないのでお客様と近い!
ドキドキしますねー。
それでも昨夜は同じ「Kフラスタジオ」のクプナ(年上のお姉さまたちのクラス)の
みなさんが見にいらしてど真ん中前列テーブルを埋めてくださり、
見知ったお顔に「れいこさーん!」と声もかけてもらって勇気百倍。
(もちろんみんなの名前を代わるがわる呼んでくれましたよ!)

ステージ中の写真はこれから各方面からいただくと思いますが・爆!
まずはご報告に、こんな感じ。
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わたしは左、目つぶりしてますね・笑。わかります?
淳子ちゃんと2人で踊った「タヒチヌイ」という曲。
腰をぐるんぐるん回す難しい曲なんですが、一生懸命2人で自主練しましたー。
(淳子ちゃんのお友だちに撮ってもらった写真・ありがとう!)
わたしはぜんぶで6曲、今回はすべてタヒチアンチーム。
プラス、各ステージのフィナーレの後ろのほうで踊ります。

次は18日金曜、盆明けのお忙しい時期とは思いますが、
ぜひいらしてください! 楽しいですよー!

ご予約はこちらから!
http://www.hotelgajoen-tokyo.com/archives/12039



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緊急時対策。 [つれづれ]

みなさんは緊急時・防災時対策をどのくらいしてますか?

うちは家人が区の職員のため、
「すわ!」というときには区民の皆様のために懸命に働く立場、ゆえ、
わたしは一人でわが身を守る用意をしておかねばなりませんの。

たとえば。
自然災害や国家間的有事などで避難指示が出たら「わたしはここに行ってるよ」を
お互いに理解しておく・・・のですが、わたしには長時間は耐えられないし、
そもそも区民の皆様のために身を粉にし中の家人にわたしを探しに来る隙は無い。
避難所に一時身を寄せ体勢を整えたら、「歩いてでも呉に帰るから」。
(もちろん呉方面が無事である前提の際に限りますが)

呉まで歩くのは無理でしょーと家人は呆れますが、
そんなこたわかってるって、
行けるとこまで行ってヒッチハイクでもなんでもするわい。
とりあえずわたしはなんとか自分でわが身を処理するので、
あなたは区民の皆様のためだけに働いてください、ってことですね。
そして万が一のことでわたしが亡くなることになっても、
指輪なり、アンクレットなり、爪のカタチでも骨の反り具合でも、
なにかしら「これだ」とわかる目印を自分なりに憶えておいてください、と。

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思いつく限りの防災グッズを詰め込んだマイバッグズ(複数形)。
これに冬用の寝袋も用意してます。
あー。
自分より容量デカいじゃん! 運べるんかいな・苦笑。

ひょっと思い出して確認したら非常食の賞味期限が迫ってました。
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せっせと食べて次のを買わないと。

でも、ですね。

こうしてわが身を、わが身だけを守る準備をしても、
いざとなったらさておき、そのとき隣にいる人を守らねばと思います。
こんど引っ越したマンションの隣は老夫婦で奥様は脚が悪そうなので、
とりあえず自宅で被災することがあればわたしは奥様を負ぶって逃げます。
火事場のバカ力でなんとかなる。常日頃フラ&タヒチアンで下半身を鍛えてるしね。

家族を守るとか、地域を守るとか、国を守るとか、あるんですが、
わたしという権限もなにもない一個の個人ができることはなにか。
“その瞬間”になにができるのか、なにをするかが大事だとわたしは考える。
いつ、なにがあるかわからない現代ならば、
“その瞬間”は家かもしれない、道かもしれない、仕事先かもしれない、
スーパーで買い物中かもしれない、トイレに並んでいるかもしれない。
どんな場所にいても、
“そのとき隣にいる人”をわたしは守る。家族とかなんとかの縛りはない。
とにかく、隣にいる人を守る。

・・・なーんてことを土曜の朝から考えたりして。
カッコつけて言うなら、それが家族、地域、国を守ることにつながるかな、なんて。
自分になにができるかを肝に据えて。