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ホームページ更新しました。 [手紙]

ちょっと時間がかかっちゃいましたが、ホームページ更新しました。

http://maruru5.wixsite.com/maruko

「手紙添削」というのを加えました。
ご自分で書いた手紙を投函する前に、添削とアドバイスを行うものです。

ハート.jpg

たとえば、大事な人を亡くして失意にある方を癒したい、そんなお手紙には、
やさしさと思いやりとともに、言葉遣いなどに気遣いも必要だと思います。
わたしという第三者の目で、手紙を書く人、もらう人、どちらの立場にも立ち、
伝えたい真心が最善の形で伝わるよう、添削でお手伝いをいたします。

ぜひ、「手紙添削」のタブ、クリックしてくださいね。

それから、夏にはまたお手紙セミナーを開催したいと思います!

4月に開催したお手紙セミナーで気づいた。
手紙を書くって、浄化作用がとても強い。
自分の気持ちの中にある言葉にならないものを言葉にする作業ですから、
最初の一文字を生み出すまで、そして最後まで書き切るまで、
ラクラクらくちんなことではないと思うけれど、絶対に、とっても。

気持ちがすうーっと、ふにゃふにゃっと、軽くなっていく。

これはもう、お手紙セミナーというより、お手紙セラピーですよ。

ということで、次もまたセミナーを開催したく画策中。
日時は改めてご連絡しますが、7月あたりには、と思っています!



方向修正。 [手紙]

再三、宣伝しまくっているホームページ
http://maruru5.wixsite.com/maruko

大切な人への想いを手紙にしましょう、代筆いたします、と言ってきたのですが。

思い切って、方向性を微修正しようと思います。

このところ「手紙」についていろいろぐるぐる考えをめぐらせています。
『一休さん』のエンディング曲を唐突に思い出したのも、その一環だったと思う。
思いをめぐらせればめぐらせるほど、やっぱり、
「手紙」は自分の手で書いたほうがいい、という結論に達しました。

字が汚くても、文章がバラバラに思えても、手紙は自分で書いてこそ「手紙」。

そうすると、「代筆」というのは、ちょっと違う気がしてきた。

普段わたしはインタビュー記事をライター仕事で書いていますが、
それって「代筆」の一種だと感じるようになりまして
(たとえば、映画インタビューは俳優から読者への“見に来てね”ラブレターですね)、
伝えたいけど書いてられない人に代わって書くことは、結構需要があると思った。
むしろ、芸能人だか有名人だかじゃない人にこそ「代筆」は必要ではないか、と願った。
うん、願った、って感じです。

でも、「手紙」は雑誌やネットやらに掲載する記事ではないから、
マスコミュニケーションを意識した書き方とか、起承転結なんてのは必要ない。
ページ数にちょっきり文字量を合わせる技も要らない。
ココロを込めて綴るのが「手紙」。自分と相手しか(基本的には)読まない物語。

絶対、絶対、自分の手で書くのが一番いい。

そこで。

「手紙を書きましょう」な小さな教室みたいなものをやったらどうだろう、と。

方向性をすこし転換することにしました!

「手紙の書き方」では、大げさで、しゃっちょこばってる。
「手紙を書きたいんだけどどうしたらいいかな?」のヒントを伝える会、こんな感じです。
たとえば、わたし自身の世代で言うと、
「いまのうちに親に手紙を書いておこう、どう書こうかな?」
「このところ手紙なんて書いてないな、どうやるんだっけ?」をテーマにしてみる。

すこしばかり、わたしには、「手紙を書こうよ」において想いがある。
書き方、ほど大仰ではない、「手紙を書くとっかかりはこんな風に」をお話します。
手紙を書くと、自分にとって相手がどういう人なのか、どんな風に思っていたのか、
こんなにも好きだったのかって、びっくりするくらいよくわかります。
相手に伝えたい思いが湧いてきて、同時に、
自分のことも「ちょっと納得」みたいにわかったりするんです。

……と、そんなあれこれを、少人数の小さな会でやってみる。
「手紙」はあくまで「個人」のものですから、
みんなでシェア、とかいうのも、基本的には気にせずに。
実際に書き出してみるところまでいけたらいいですね。その際、
チェックして」や「代筆して」があれば、もちろん喜んでお引き受けします。

まずは、ホームページの改定からがんばらねば・汗!

会を開く際は、ここでも呼びかけますので、どうぞ気にしてくださいませ!

会場探しが最初の関門。区の共有スペースなど探していますが、
プライバシーが守られる場所を見出すのは難しそう。
どなたか、カフェやサロンなどの一角をご存知ではないですか?
情報がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします!


ははうえ様。 [手紙]

♪ ははうえさま お元気ですか
ゆうべ杉のこずえに
あかるくひかる星ひとつみつけました
星はみつめます
ははうえのようにとてもやさしく
わたしは星にはなします
くじけませんよ 男の子です
さびしくなったら はなしにきますね
いつか たぶん
それではまた おたよりします
ははうえさま
いっきゅう ♪

ほとんど突然に思い出しました。
アニメ『一休さん』のエンディング曲の歌詞

これ。

手紙の原型だと思うんです。

『手紙、書きます』

……と、いきなりすぎる見出しで立ち上げたホームページ
http://maruru5.wixsite.com/maruko
想いを伝えるお手伝いをしたいとココロ尽くして考えてのことです。

実際、需要があるのかどうかまだまだわからない段階なのですが・汗、
でも、わたしは、この活動をライフワークとして大事にしたい。

「地道にしなければならないですね」と。

人生の先輩のある方に激励されました。文字通り、
激しく=厳しく、励まされたのだと受け止めました。
人の想いを代筆するなんてちょっとやそっとのことじゃない。
相当の覚悟で引き受けていく。
もちろん、その人の代わりにその人の人生が生きられるわけじゃないから、
お手紙を代筆する“一瞬”の時間を憑依的に生きるだけ、です。
でも。

一瞬でもその人を生きるのだから、相当の覚悟が要る。
同時に。

軽やかでもある。言葉に出来なかった想いを言葉にする“変換”の軽やかさ。
(こんな言い方アレですけど)他人(=客観の生命体)であるからこそできること。
そんな風にありたいなと。

手紙って、うんうん悩みながら書くことで、
自分がどれだけ相手のことを思っているか、どんな風に思っているのか、
どれだけ好きなのかってことが、びっくりするくらいわかります。

ああ、こんなにもわたし、この人に伝えたかったんだなって。

こんなにもこんな風に好きだったんだなって。

自分を絞り出すような感覚によって浄化される。
自分をある種俯瞰して広々と広がる。
この広がりで相手を包みたいやさしい気持ちになる。
もちろん。
いろんな種類の手紙があるので一様に“好意”ではないかもだけど、
すくなくとも“最善”ではあるのじゃないかと思います。

そんでもって。

改めて味わうと、一休さんのこの歌、泣ける。

……ちょー泣ける!!!

母に逢いたさ、逢えなさ、ぐっとこらえる、そのいたいけなさ。
淋しくなったら話に来る、いつか、たぶん。

いつか、たぶん……。

そんな頼りなさったらない!なのにくじけない!

一休さんの最終回、号泣しました。子どもながらに号泣した。
アニメで号泣したのって、
『一休さん』と『ドロロンえん魔くん』ぐらいだよ。




バレンタイン。 [手紙]

今年も無事に?バレンタインが終わりましたね。

近年のバレンタインは女子から男子への告白よりも、
女子同士で友だちチョコなるものを交換するほうが多いとか。
チョコがもらえるかどうかで“友だち度”がわかる云々と新聞記事にあり、

ひゃー。

ちょっとコワい世の中になっちゃったなあと思ったり。

まあ、バレンタインにチョコを贈る文化は日本の菓子メーカーの戦略でしょうから、
それはそれで成功なんでしょうね。

わたしにもうら若きころがありました、初恋の人にチョコ、贈ったのかなあ。
なんか、恥ずかしくて贈れなかったような気もするけど。
「あげるー」って照れ隠しのにぎにぎなノリに任せておしつけたのか。
それとも、お菓子禁止の学校の規則をちゃんちゃんと守っていたのか。

「いらない」って、そいや、断られたこともあったような・苦笑。

十数年来続けている、お年賀状代わりのバレンタインカード、
今年も無事にお送りしました。
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四苦八苦パソコンで自作するのでレイアウトはあまり変えられませんが・汗、
メインの言葉は毎年変わります。

今年はどうしようかなー、なにがぴったりくるかなー、と、
一カ月くらいは悩む。悩むというか、自分の中身をぐるぐると探る感じ。
ここの言葉には、毎年そのときの自分自身のココロの状態がよく現れる。
前のめりな年もあれば、達観を装う年、ちょっと弱ってそうな年。
でも、およそにおいて、ここの言葉は、わたしのその年の抱負になっている。

書いて、後で、気づくんですけどね。今年はどうでしょう?

手紙、ハガキ、お便りって、自分のことがある種客観的にわかるもの。
届ける相手をどんな風に思っているのか、どんな風に好きなのかがよくわかる。

今年もみな様への愛をたっぷり込めました、わたしの愛、受け取ってくださいね!

やさしい文章教室。 [手紙]

先日、「やさしい文章教室」に行ってきました。
以前のブログ「添削」で書いた、とある出版社の大先輩編集長のお教室。
あの力強く情熱的な添削指導をしてくださった方の生の教えが聞いてみたい。
初回ということでまずは見学です。

正しくは文芸教室。もう数年続いているとのこと。
豊島区教室には、近隣に住むご年配の方を中心に7、8名集い、
自分たちの書いた文章を読み上げては、実に熱心に言葉を交わされていました。
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毎回こんな冊子が配られる。

こんなところが良くて、こんなところに感動して、
ここはもっとこうしたら良いのでは?と。すごい。皆さんまっすぐです。

それぞれの文章も素晴らしい、というか、それぞれの体験自体がもの凄い。
え、そうなんですか、そんなことがあったんですかと、全員がドラマの主人公。

わー。

わたしだったら何を書いたらいいんだう? 心でプロを自称するだけに、
かえってこっばずかしく頭を殴られるような気までする。

編集長の指摘がまた率直。平易な言葉と説明でむしろガツンとくる。

そーだ、そーだ、そうなんですね! 激しくうなづくわたし。

人は誰でも主人公です。身近な出来事がドラマなのです。

「自分史」を書くことは、とても有意義なのです。それは、
自分の人生を自らにふり返らせ、先の時間へも進めるみならず、
それを読む人にも視点を与えるから。こないだの養老氏の本にもありました、
(自分を見せることにより)他人が自らの人生の意味を考える手伝いになる。
それこそ人生の意味、と。そのようなことが。

わたし自身は、若輩であることが一つの理由で「自分史」に至りません。
それと、自分の自分史を書くより、他人の自分史をお手伝いすること、
つまり、わたしを介在させて「他人の自分史」を書くほうが向いていると、
いまは考えている。

ぜひ、お手伝いさせてくださいませ。一緒に「あなたの物語」を綴りましょう。

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久々に、姉が、ナイスなレターセットを見つけたと知らせてくれました。
封筒の穴から、畳んで入れた便箋のライオンリフトが覗く作りなんだそうです。

どんなご依頼のお手紙にぴったりなんだろう、いまはまだわからない。
でも、きっと、「このレターセットぴったり!」というお手紙がある。

ぜひ、ご相談くださいませね。

かもしーだより。 [手紙]

最近のわたしの月2のお楽しみが、この『かもしーだより』。

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生協配達の“かもしー”くんの手作りお便りです。

生協の配達担当者って意外としょっちゅう変わっちゃうんですが、
かもしーは昨年夏あたりからの担当。週1か、2週1のペースで、
手作りお便りを持ってきます。

たぶん、以前の担当者もそれなりにお便り作ってたんでしょうが
(今週のおすすめとか宣伝・営業の義務もありますからね)目に留まらなかった。
かもしーになってから、やたら楽しみになりまして。

というのも。

ずいぶんと中身がぶっちゃけなのです!

かもしーは昨年秋に結婚。「結婚しました」報告もかもしーだよりに書いちゃう。
その前から、「引っ越しが大変」「友だちの子どもがなつかなくなった」など、
なんだろー、なんか引っかかる記事だねーと思っていたら、案の定、
自分が結婚するからならではの観点だったというわけ。
さらに、結婚直後は、「帰宅する家に灯りがともる喜び」なんかがつづられましたが、
最近は、「奥さんと自分のルールが違って大変」な話題に発展。

おもしれえ!!

もう毎回がワクワクです。翌週、「かもしー、あれ、どうなった?」と聞いてやるんです。
すると、かもしー、「……もう、大変っす」。

おもしれえ!おもしれえ!!

決してうまいとは言えない字で直筆しているのも魅力です。
スペースに書き切れないと「→矢印」でヘリのほうに引っ張ってまでオチをつける。
毎回がんばって絵も描いてくる。

うーん、すごい。ちょっとジェラシー・笑。

わたしもこんな風にイキイキと書きたいわあ!

「お便りファンなんだよ、がんばって、いちおうプロだから」と告げてから、
「こないだのどうでした?」ってかもしーの目が暗に聞いてくる感じもおもしれえ。

ジェラシー!

ここまでファンだってことは知らないと思うけど・笑。

手紙、書いてみませんか?
いまの思い、きのう(過去)の思い、あした(未来)の思い。

かもしーに負けないぞ!
手紙や自分史のお手伝い、代筆、ココロ尽くしていきます!


お菓子。 [手紙]

以前のブログ【代筆関連】「添削」で書きましたが、
文章教室を開いておられるある出版社さんの大先輩編集長に
添削のお返事をいただいた際、その文中で勧めてもらった、
西村滋著『お菓子放浪記』。

とてもとても滋味にあふれた、久しぶりに「読み終わりたくない」と思う本でした。
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タイトルからすると、「お菓子大好きな著者のお菓子にまつわるあれこれ」と
想像しますが、そんな簡単?なものじゃない。
第二次世界大戦をはさむ時代、「ミナシゴ」の著者が、
なぜ、どんな風に、お菓子に憧れ、失望し、また愛したか。
これが現実であるとすれば(確かな現実なのですが)、いまには考えられない、
果てしなく壮絶な生き様とココロの変化が、手に触れそうな表現でつづられ、
行間もページもはみ出し、いまにもこぼれてきそうなのです。

時代的にも、地元・呉のかつてを勉強しているわたしにはぴったりすぎる。
きっと、そうしたわたしの思いを汲んで、編集長さんは勧めてくれたのです。

お菓子。

その美しき魅惑的な甘い存在。

確固たる、やさしい存在。

最近のわたしのお菓子といえば、ラムネ
口に放り込むとシュルシュル溶けるラムネはせっかちなわたしのためにあるみたい。
次から次に頬ばるけどちっとも腹は膨れない。パクパクな呼吸にすこし味を添える。

「お菓子のような人になりなさい」

この解釈は、きっと、読む人、生きる人、それぞれなのです。
わたしはお菓子になれるかなあ。どんなお菓子になれるかなあ。

食べてみたいって思われるお菓子になりたいなあ。


手紙。 [手紙]

先日、手紙を書きました。
その人宛の手紙は、これまで何度か書いたけど、
届けたものも、届けられなかったものも、破ったものも、あります。
お返事をもらったことはないです。

メールもあるけど、白く反射する平べったい画面に打ち込むと、
そこに並ぶ言葉がなんだか自分のものではないようで、
機械の作るきれいな文字がわたしではない者を演じるようで、
本当のわたしより強すぎて、正確な思いがうまく伝わらない。
そんな気がしまして。

便箋を取り出しました。

無印良品で買う一番シンプルな便箋なので、特徴もなにもないけれど、
A4の一回り小さなB5(だっけ?)のサイズはわたしにちょうどいい。
一枚の中身が、ちょうど、思いの一呼吸。
いつもは水性ボールペンの、水色や緑色やさくら色から
そのときの気分に添う色を選びますが、今回は鉛筆(シャープペンシル)で。
パソコンを使うようになって漢字がぜんぜん書けなくなったから、
どうせ間違う。
間違うたびにビリビリ便箋をちぎるより、消しゴムで直そうと開き直り。

おもしろいもので、手紙の下書きは、逆にスマホにしていました。
スマホのメモ機能に思いついたら書き、思いついたら書き足し、修正し、
それからおもむろに便箋に向かってシャープペンシルの芯をカチカチ。

いざ、文字を便箋に落とし始めると、これまたおもしろいのが、
スマホの下書き通りには書きたくないんです。
新しい文脈が浮かぶほどではないにしろ、表現がどんどん着地していく。

「まっすぐ」って、感じ。

スマホに書きなぐった感情的な言葉が、そぎ落とされて行くのです。
違う、言いたいのはそれじゃない、そこじゃない、と、
余計なものがふるい落とされ、真ん中のとこだけ残っていく。
手書きは面倒で疲れるから、あまりたくさんは書きたくなくなるってのもある。
意外と大事ですね、この感覚。

一通り書き上げてから、ちょこちょこと下手に直せないのも、手書きはいいと思った。
ちょこちょこ直すって、つまり、言い訳したり、つじつまを合わせたり、
自分を取り繕ったり演じはじめること。
スマホの下書きを放り出して途中から集中したインスピレーションを、
信じてみましょう。

手紙、手書き、しましょう。ぜひ、ご相談くださいね。
どんなにぐちゃぐちゃの思いも、この手でつづる言葉になって癒してくれます。

字の、大きさや形も、きっと、いい。汚いけど、いい。
いまのわたしそのまま。

無事に届いたでしょうか……。実は、わからないんです。
もうお返事はもらえないんです。そういう場所にいる人です。
一度くらい、ほしかったです。


「自分史」やります! [手紙]

お手紙の代筆をしたい、と立ち上げたホームページ

http://maruru5.wixsite.com/maruko

この中の【サービス内容・金額】をクリックしてもらうと、
どんな代筆があるか書いてあり、「自分史」という項目も作りました。

いま、自分史を書くのが結構注目されてるみたいなんです。

シニア対象の雑誌なんかを参考に買うと、「自分史特集」。
実は、先日【添削】してもらった出版社さんもこうした雑誌で見つけました。

文章教室みたいなところに行って書き方を習って一から自分で書くのもありだし、
自分史キット風の書き込める本を買ってきて書き込んでいくのもありだし、
わたしのようなプロ(!)に頼むのもあり。
さまざまな出版社や新聞社には、自分史が相談できる窓口もあるようです。


わたしが考えているのは、やっぱり、「わたしと一緒に書きましょう」
いうこと。
わたしにお話を聞かせてもらうことで、わたしが言葉を綴っていきます、
というものです。


で。

そうなると、「製本」の目標が出てきます。本の形を作るということ。
出版ではありません、基本的には、この世で一冊、あるいは残したい人に数十冊。
当然、製本技術がわたしにはないので、信用できるS工芸会社さんに
「なんとかならないもんかなー!?」と相談してきました。

すると……!

「できますよ」

詳しくはきちんと煮詰めてからお知らせしますが、「製本」できることになりそうです!
しかも、ほかにない自分オリジナル。豪華にもおしゃれにも素朴にもできる。

手紙に欠かせない便箋なども揃えたいと考えています。
S工芸会社さんはめちゃくちゃ顔が広くてアイデアもフットワークも良いので、
上質なものが見つかりそうです。

そして。

わが姉も、便箋選びに一役買う予定です。
身内の欲目もあるでしょうが、姉の文具選びのセンスはいい。信頼おけます。

手紙の便箋、自分史の製本については、
決まったことからホームページでもお知らせしていきます。

自分史、か。
わたしが一回り(以上!?)昔に書いた本も、自分史といえば自分史、なのかも。

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いま見返すと、っとに自意識過剰な数々で赤面してしまいますが、
でも、あのときに書いていて本当に良かったと、思います。
あの時期にしか書けない感性だったと思う。あの瞬間だから選べた言葉だと思う。
いまはまた違う自分史をわたしも書くのでしょう。

タイミングは、「あ、いま」と、思ったとき。ぜひご相談ください。

ちなみに、わたしの本は自費出版でその出版社はとうに倒産しましたが、
アマゾンで検索すると古本が2冊出てました、びっくり!
https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%E8%A6%AA%E6%84%9B%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%B8

添削。 [手紙]

いま、わたし、ちょっと……、興奮してます!!

2週間ほど前、文章教室をしているある出版社に「添削」をお願いしたんです。

……で、今日、そのお返事が届きました!

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真っ赤です!

んもう、興奮しすぎてまだ詳しく読み取れていないんですが、
原稿用紙5枚の中に、たくさんたくさんメッセージがありました。
添削してくださったのは、人生の大先輩年齢の編集長さんで、
その力強く丸い文字には“編集マン・執筆マン”なエネルギーがあふれている。

添えられたお手紙がまた感動もの。
わたしが選んだテーマに寄り添ってのアドバイスや、
編集長さん自らの思いとも読み取れる訴えがつづられている。
「視点に期待します」との言葉もあり、書こう、書かなくちゃ、と覚悟が目覚める。

わたしが選んだテーマは――。
生まれ故郷である広島県呉市の戦争のことです。
戦争を間において、父と祖父とにあったと聞く葛藤のことです。
いずれ呉の本を書きたいのですが、今回はその「まえがき」を意識して、
2000字ほどつづりました。

「(個性を)遠慮なく突出させてください」とも添えていただき、
とてもとても励みになる、と同時に、
わたしにできるだろうか?というある種の責任感みたいなものが腹に生まれる。

やるぞー!


真っ赤にしてもらった原稿を眺め、大先輩のおっしゃる通り!といのもあれば、
んんー、そこ、わざとなんだよねー、に、的確なチェックが入っているのもおもしろい。
こちらも(いちおうの)プロです。バチバチッと着火します。

なにが個性で、なにが乱暴なのか。

今後の課題にしていきます。

独りよがりにならない、けど、自分だけ思いを伝え、受け取ってもらいたい。

「手紙代筆」では、書く人、読む人、どちらも大事に書いてまいります。