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恋しさ、あわただしさ。 [呉]

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新しいデスク。

このたびの転居を機に10数年来使ってきたデスクを廃棄し、
縦奥行き半分くらいのものに新調。
デスクが新しくなるってやっぱ物書きには新鮮です。

先週引っ越して丸1週間ほど。丸1週間でここまで生活環境作れたのって、
自分でも自分を誉めてあげたい・笑。がんばったよー。
いち早く生活や仕事の体制を戻し、できるなら以前よりすこし進化させ、
自分たちにも周りにもすんなり暮らせる流れに乗る。

デスク上はなるべくシンプルが信条。
作業中の原稿の資料もその日が終わればいったん仕舞いたい。
ミカエルのイコンと、時計と、エンジェルフライのクオーツ。
ほかは、パソコン本体とライトとちょっとしたものを入れる箱、筆記用具。

目前の仕事にあわわわわ・・・、で、呉が恋しいです。
引越しを挟んで10日間か2週間くらいなにも触れていない。
それはそれで焦燥感に似た思いに苛まれもします。

あわてても仕様がない、大事に進めるほうが、大事。

で。
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あわわ仕事の気分転換(・・・といってはナンですが)に眺める。
一時高まっていた勘のようなものを取り戻すと言いますか。
ペラペラとめくって気づけば没頭して、すこし気分が落ち着く。

目前の仕事も、呉も、生活も、(お手紙活動も)、どれも大事。
納得できる速度と深度をもっていきたいね。

もうじき呉に帰る。深みにハマっていく。感度を上げてこっ。



前線と銃後。 [呉]

目前のあわただしさにワラワラしながらも、
呉の勉強と執筆めいたことはコソコソ地道に続けています。
できれば今年のうちになにかしら書き留めたい。
たぶんまだまだフラフラの状態であると思いますが、
いろいろな方に聞けたお話をまとめて自分なりに考えて一つ編む。

約2か月前の4月頭に呉で頭いっぱいにしたのがずいぶん前みたい・苦笑。
それだけ濃い濃い時間の中に相変わらずいるようです。

呉の戦災を記録する会というのがあって ⇒ http://kure-sensai.net/
こちらの代表・朝倉さんから昨日メールをいただきました。
ヤフーが「後世に残す戦災空襲体験版を制作」しており、このたび「呉空襲版」が完成。
https://wararchive.yahoo.co.jp/airraid/detail/24/

記事自体はさほど長くないけれど、呉空襲の概要がまとめられて、
体験者の動画インタビューが充実しています。朝倉さんもご登場。
4月にお宅を訪問した際、玄関に季節真っ盛りの菜の花が大きく活けられていました。
この時ご指摘もらった数々の言葉が、正直、いまのわたしを悩ませています・笑。
でも、言ってもらわなければ悩みも気づきもしなかった。
気づかなかったほうがよっぽど怖い・・・。呉が孕むモノを知りました。

ぜひ一度サイトをご覧ください★

ただねー。
動画インタビューには標準語でテロップが出るんだけど、
呉弁の翻訳がイマイチだねー。
「ようせん」とか「ようけ」とかのニュアンスがいま一つ・笑!

呉は、海軍の拠点であり、軍艦造船や兵器工場があったため、空襲を受けた。
たくさんの学童や乙女たちが兵器や戦闘機づくりに駆り出された。

銃後、と言います。

銃などの兵器を手に戦争の最前線で戦う兵隊さんの背後、銃の後ろで、
実際には兵器を持たないけど戦争のために必死で身を粉にする呉人たち。

いま「一億総活躍社会」とか言ってるけど、当時は「一億玉砕」と言っていた。
なんか・・・、ゴロが怖くて嫌だなあって、わたし思っちゃって。

銃後があるのは、銃前(という言葉はありませんが)があるから。
今日は、注文していたこんな本が届きました。
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左は、昨年実施された戦艦大和の海底調査の報告書籍(ひと月ほど前に買った)。
ほぼ写真で読むところはすくないけど・苦笑、
わたしが実際にお会いしてお話を聞いた学芸員さんの原稿もあって親近感です。

右は、太平洋戦争の艦艇が詳しく解説された本で、
いまわたしもめちゃくちゃお世話になっている戦艦大和会が全面協力。
戦艦大和会 ⇒ https://senkanyamatokai.amebaownd.com/
これまた、先の4月の帰呉でわたしも拝聴した講和が収録されていました。
戦艦大和と武蔵、信濃の最期を、駆逐艦磯風から見届けた方。
こっちの本はめちゃくちゃたくさん読むところがある。ひゃー。

戦争には、前線と、銃後が、あるんです。
上層部のことはわたしにはまだよくわかりません、でも、
たとえばわたしが当時生きていたなら絶対に関わっていたであろう、
前線と、銃後のことは、わかりたい、想像したいと真摯に思います。



横須賀にて練習艦かしま。 [呉]

このところ千々に乱れる思いを抱えておりまして・苦笑。
思い切って出かけてみようと、まだ行ってなかった横須賀軍港めぐりへ。
天気もいいし。
呉の人間としては、横須賀も行っとかないとね・笑。

呉の艦船めぐりは海上自衛隊と、建造進行中の造船ドックが見どころだけど、
横須賀は米軍がありますからねー。
とはいえ、空母ロナルド・レーガンはつい先日出港しちゃったため、
「空母が見たかった方には申し訳ありません、僕のせいではないですが」との
船内解説アナウンス。「年末には帰港するのではないかと思われます」だって。

残念だけど、ま、ニュースで知ってたから割り切れてます。

でも、珍しい艦船がいくつか見れました。まずは練習艦かしま。
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この子、呉の所属ですって! 呉から来たんだー。
海上自衛隊教育のための艦船で、これから世界一周の訓練に出るそう。
おお~、呉の子に会えてテンション上がるう。

こちらは護衛艦。152やまぎり、153ゆうぎり。
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護衛、つまり守る艦だから大砲を積んでます。
護衛艦、って、言葉の綾、なんだなあ。

これは、掃海艇303はちじょう。
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海底にばらまかれた機雷を除去する艦です。とても危険な仕事をしている。
磁気に反応してはいけないので木造船。
はちじょうは一番古い艦だそうで、来月引退。ギリギリ会えました。

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潜水艦もいたけれど、潜水艦は呉で見慣れているので・笑。

米軍のイージス艦。イージス艦の見分け方は、
前面の左右に見える八角形のもの。これがレーダー・アンテナだそう。
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このクルーズすごく人気で、平日にも関わらず次から次へと人が並ぶ。
一回に100人くらい乗っけ、1日5~6回運航、大人1400円。
呉のクルーズももっと人気が出たらいいなー。

写真を撮りすぎあっという間にスマホが電池切れ・笑。
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すごく素朴な疑問なのですが。

旧海軍の軍艦など艦艇の名前は漢字表記なのに、
海上自衛隊はどうしてひらがな表記なんだろう?

こんど詳しい方に聞きたいと思っています、・・・幼稚な質問だけど知りたい・爆。



博美屋の和風マカロン。 [呉]

呉の本通りにある老舗和菓子店、博美屋。
天明堂の鳳梨萬頭(おんらいまんとう)、蜜屋のお饅頭、休み山せんべい(いまもある?)、
エーデルワイスのクリームパイ、ねむのバターケーキ。
呉にもたくさん銘菓がありますが、博美屋というとちょっと高級な、
ちょっといい感じなイメージもあるのではないかと。

今日、呉から東京に博美屋が届きました。
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おお、おみやげにしか買ったことないぞ。
自分で食べるのは結構な希少価値・笑。

「榑木」という名前のお菓子、もしかしたら初めていただくけど、
なんかね、和風マカロンって感じなんですよ。
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ね?

かしゅかしゅの薄生地の中には、あんこと、栗の甘露煮。
かしゅかしゅの生地、麦こがし粉、らしいです。

「榑」は「くれ」と読んで、呉のむかしからある樹木なのだとか。
「呉(くれ)」の地名は、周囲を九つの嶺(九嶺=くれ)で囲まれているから、
という説が地元でも強く、映画『この世界の片隅に』にも出てましたが、
「榑」という神木が珍重され古くは軍艦建造(大和なんかよりずっと前)にも使われたため、
その伝説に由来して町を「くれ」と名付けた、なんていう説もあります。
わたしはなんとなく「榑」説支持者だったりして。

博美屋は、いちご大福の呉でのさきがけだった思い出もあるんですが、
(当時、大学生?高校生?だった姉がいち早く買ってきて食べていた気がする)
ほかにもいちご大福で有名な店が呉にあるんだって?

真相を知りたいです。友の調査結果を待っているところ・笑!

手。 [呉]

ゴールデンウイークも後半、と言われているようで。
みなさま、ご機嫌にお過ごしでしょうか。

比較的近くに居ながらもう何年も訪ねていない親戚を今日は訪ねました。
わたしの父の姉夫妻、おじちゃんとおばちゃんですね。
おじちゃん89歳、おばちゃん83歳!
いやあ、89歳とは思えないシャッキリ紳士。
「あんたがわかるか心配じゃった」との駅での待ち合わせでしたが、
わたしのほうが先におじちゃんを発見しましたよ。
すこーしちいちゃくなられた感じだけど、シャッキリのまま。
おばちゃんのほうはちょっとずつゆるやかーに経年。
わたしのことがわからないようでしたが、話は弾みました。
「また来てね」「背が高いねえ」。
何度も繰り返す言葉には意味があるのだと思うのです。
「また来るよ」「育ったでしょう(笑)?」。わたしも繰り返します。

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写真は完全にイメージですが。
おじちゃんとおばちゃんはこんな感じなのです。
これは、必要に迫られてのことかもしれません、それでも、
「親より、兄弟より、長う一緒におるんじゃけ」と。「はあ60年じゃけ」と。

本当は、戦争時代の話を聞きに行こうとの訪問でした。
けど、「思い出せんのよ」。ああ、そうだそうだそれもギリギリなんだ。

なので今日は、不義理な姪っ子の珍しい登場を珍しがってもらう、という主旨に。
おばちゃんの眼は、でもね、とてもしっかり輝いていたんですよ。


呉レポ④ダイジェスト。 [呉]

6日間の呉から無事、帰京。

ほんとに濃い濃い6日間。え、マジ、たった6日!?……てほど、
ぎっしりみっちり詰まって頭もハートも足もぱんぱんです・笑。

ダイジェスト版でお届け。

今回の帰呉のそもそもの目的は、戦艦大和戦没72年追悼式。
戦艦大和が沖縄特攻で没した4月7日に毎年行われてきました。

呉海軍墓地(長迫公園)にはぜんぶで86の「墓」や「碑」があります。
大和だけでなく、日向や伊勢、比叡や矢矧、潜水艦や駆逐艦、ほか、
陸自部隊や、戦没者の慰霊、英兵水平の墓も。
その中で大和の碑は小さな広場を前にした特等席にある。
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軍艦旗の掲揚、降納には、ラッパが鳴らされました。
きっと、72年前(それ以前から)と同じ調べなのだと思います。
市内のコーラスグループ(おばさまたち)が軍歌を捧げるのですが、
大和出航のときに艦上で皆が歌ったという「如何に狂風」が始まると、
参列者の中から急にすすり泣きが。
(正しい歌詞はいずれ改めて紹介しますが……)、敵めがけて一直線な歌詞に、
曲調が明るく勇ましいだけに胸を刺される。
二度と会えないのに君に笑顔を見せていく。

翌日8日は、沖縄特攻で大和とともに、というか、大和を護衛して
出撃し没した駆逐艦磯風の生還者、橋本武生氏(写真真ん中)の講演。
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写真左から、駆逐艦浦風の乗組員氏、磯風の橋本氏、戦艦大和会長・廣 一志氏。
(廣会長は大和からの生還者です)すごいスリーショット。
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橋本氏は、大和、大和の姉妹艦・武蔵、航空空母信濃(大和と同型艦)と、
3隻の“断末魔”を聞き見届けた方。

信濃の「ひゅうぅぅぅ……という断末魔が聞こえまして」。

艦たちの断末魔。世界がひっくり返っであろう瞬間。
また、自身の乗った磯風の最期も「見た」とのこと。
磯風も破損がひどく航行不能になり、乗組員を救助・他艦に移してから、
味方の爆弾によって自沈させたのです。

うーん。……言葉を失う。
書こうってわたしが言葉を失っていてはダメなんですが。

一方で、市井の人々の声も聞きたいというのがこの旅のミッション。
うら若き16歳の乙女ざかりに、兵器造りの学徒動員に出たというおば様と。
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「これまで戦争の話はできなかったの、怖くて怖くて。
20年くらい前まで夢に出てきていたしねえ」。
空襲の爆弾が目の前に落ちて、ああ!……瞬間に目覚めるのだそう。

乙女たちも兵器造りに駆り出された、女子挺身隊といった。
おば様は自分が「女子挺身隊」だったとは言葉としては言わなかったけど、
工廠が激しい空襲にやられた日に、「隣の壕で友だち7人が死んだの」。
体験談などで読んでいた女子挺身隊にまつわる悲劇そのままで。

本当に、リアルな意味で、「死体を乗り越え生きてきたの」。

やわらかな表情で語られる。

お話が聞けて本当に良かった。紹介してくれた友にも心からの感謝を。
おば様のお話、呉本に収録します。

もっといたかったけど、いまの状態で居続けたらきっとわたしがパンクする。
一回、書くなり煮るなり焼くなりしてアウトプットしとかないと。
ふわふわと最終日、灰ケ峰のベストショット見つけました。
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山肌の中腹にちらちら白いのは、桜です。

あー、しかし。

写真下手だな、わたし。
カメラマンさん、こんど一緒に呉旅しませんか(ボランティアですが・爆!)

6日間のことがぜんぜん書き切れない。続編をゆるゆるお楽しみに!


呉レポ③。人ひと人。 [呉]

今回の呉旅で出会った人々。すべての方が、
大切なことを、わたしに教えてくれました。

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「立つ視点はどこか」。書くにあたっての一番の幹のところ。
まだまだぐらぐらですが、すこしずつ方向性の覚悟が見えてくる。
ずんずん歩いて案内していただきました。

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ふうちゃん。
昭和20年7月1日夜中からの呉空襲を体験され、それを、
絵本と紙芝居で伝えている方です。
ふうちゃんにはわたしが感じ始めた不安やドキドキも話した。

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中国新聞社の今井記者。戦艦大和の潜水調査に同行された方。
うちの甥っ子(兄弟)の弟のほうと同じくらいですよ!くー!
書き手として、呉を書く者として、勝手に同志の意識。

ほかにもたくさんたくさんお会いできた。すこしずつお伝えします。
初めて聞けたこともあったし、踏み込んでしまったこともあるし……!

そして、幼なじみたち。今回も飲んだー、いっぱい話した!
なんか、わたしが呉にいることがだんだん珍しくなくなった・笑。

呉の人間でありながら、東京に住んだ時間のほうがずっと長く、
けど“帰る”のは呉であり、常は“外”にいるから見えてくる呉のこと。

わたしの言葉で。

以上、最後の現場からでしたレポでした(たぶん)!
明日帰京。

呉レポ②。初ガイド? [呉]

こんな偶然あるか……!
東京のフラ&タヒチアンレッスンで一緒の淳子ちゃんが、呉に来てくれた。
彼女の旅行目的はそもそも尾道、広島、
「えー、そしたら呉にも来て!」と言ったら、本当に会えました!

午後からのわたしは駆逐艦磯風の生還者の方の講演なので、
午前中いっぱいを一緒に楽しんで、そんでもってその後、
放置プレーでもオケーな流れを計画・爆。

まずは「大和ミュージアム」でしょう!
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ボランティアガイドさんに30分だけお願いして基礎情報をいただく。
その後、わたしのいまのレベルで間違えない範囲を全投入。
これまで師匠(帰呉のたびにぶら下がるガイド紳士)から聞き、
自分でもすこしずつ勉強してきたことを、「楽しんでもらえるよう」
「興味を持ってもらえるよう」、そして「感じて考えるチャンスになれるよう」。

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初ガイドに挑戦!?

いやー、淳子ちゃん、ありがとです。
ガイドデビュー!?のお相手いただきました。
呉弁満開だったけど・苦笑。

そしてランチはもちろん海自カレー。

本当は、潜水艦など海上自衛隊の艦船内で使われるのと同じ、
バイキングを取るみたいなプレート(テッパン製)のセットが有名ですが、
ボリュームがありすぎるのと、“潜水艦カレー”ではあるものの、
現役海上自衛官とコラボしたレシピで、「〇〇艦とまったく同じ」ってわけじゃないらしい。
しかも、「辛口ですが大丈夫ですか?」と店員さん。

淳子「え、辛口じゃないのもあるんですか?」
店員「50円プラスになりますが、そうりゅうカレーはちょっと甘いです」
わたし「そうりゅうは潜水艦?」
店員「潜水艦です」
わたし「え、じゃ、ほんとに潜水艦と同じ味はそうりゅうだね?」
店員「ですね」
淳子「そしたら、そうりゅうにしようよ」
わたし「わたしも、そうりゅうー」

最後のほうは完全に“艦船女子”トーク(そんなのあるか知らないけど)。

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ここから、放置プレーに突入。これをおすすめしたら、
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こんな写真を撮って送ってくれました!
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呉を、すこしでも感じていただけたなら幸い。

わたしのほうは講演会で、戦艦大和、駆逐艦磯風、駆逐艦浦風、
3艦の生還者3名が並ぶという、今後はあり得ないだろう光景の中にいました。
戦艦大和については多く語られる、でも、
駆逐艦など戦艦の護衛につく艦の方のお話にはなかなかスポットが当たりません。

語るのは、大和だけでいいのか。

ずっとずっと問われていることです。

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今回の帰呉の獲得品のひとつ。右のは父に借りた(もう返さないでしょう・笑)。
左のは初めて見つけました。こういうのほしかった。
ただ、工廠、砲台、工場跡など、軍側・国側の跡が中心で、
防空壕など市民側の跡は情報すくなし。
その辺りはやはり地道な勉強と、人に聞くことが大事のようです。

ふるさとの輪郭を描く挑戦、初めていきます。

以上、現場からお伝えしました!

呉レポ①。 [呉]

以上、現場からでした!……なブログを書きますと言って、
滞在場所のネット環境がんっとにもえまったく整わず、
いまになってようやく整ったので。

5日早朝の新幹線で広島到着、呉に入り、ほぼその足で、
宮原という場所に、ある方を訪ね、4時間半も喰い下がっちゃって・汗。
宮原は、戦艦大和などを建造した呉工廠のドック(造船所)が、
小高い丘から丸見えのエリアです。
当時は高い板塀を延々と張って港が見えないようにしていたそう。

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いまのバッチリ見えますよ。
ちょうど造ってるらしい。船首の部分を裏返しにして建造中かな。
大和以来のブロック工法(別々に作ってドッキングさせる方法)はいまも健在。

どうやら今日、呉のポポロという映画館に、片淵監督が来られるようですね。
映画『この世界の片隅に』は、ポポロではまだまだ絶賛上映中。

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映画をご覧になった方にはわかるはず、主人公「すず」が腕を失ったのはこの道。

そして、本日午前中は、戦艦大和戦没72年追悼式でした。
72年前の今日、沖縄特攻作戦の中に大和は沈んだ。
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しとしとと霧雨ふりそぼる中。わたしは今年が初めての参列です。
昨年は大雨だったらしいので、今年はまだマシなほうって。

それほど多くの人が参列されるわけじゃない。雨ふってるし、
ご遺族や生還者の方々におかれてはご年齢的にも難しくなる。
でも、わたしのような、明らかに世代のズレた人も、
一人二人じゃなくいる。3年前にふとラジオで知って、
居てもたってもおられず参るようになったという方もいた。

なんと、いうか。

どんどん「呉」という町が膨らんでいく。
膨らんで、膨らんで、戸惑うほどに膨らんで、手に負えない。
わたしの思うよりずっとずっと大きなものを孕んでいるんだ、この町。
どうしよう、どうしたらいいの。

とんでもないこと始めちゃったな、と手は震えながらも、
始めちゃったからには前に進むしかない、と足は踏ん張る。

外付けハードディスクみたく、わたしの容量、増やせないかなあ!

以上、現場からでした!

帰呉。 [呉]

明日から呉に数日帰ります。
呉の本を書きたい!……ための取材と称して。
週末くらいからなんかドキドキしてるんですよ、
不思議です。

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こんなに散らかして……、無事に旅立てるのか・苦笑?

ここにきて初めて、ふるさとの「地図」を買いました。
行ったことのない場所がいっぱいあるなあ。

明日からは、「現場よりお届けします!」なブログをぜひ見てください★
呉の戦災をいまに伝えておられる方、呉空襲を体験された方、
呉空襲のことを絵本にされた方、
戦艦大和の慰霊祭、駆逐艦磯風乗組員だった方の講演と、目白押し。
昨年5月の戦艦大和潜水調査に同行された新聞記者さんにもお会いします。

そして、もちろん、幼なじみたちにも逢える。今回も飲むよー・笑。

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そんでもって恒例。ドキドキの呉に向けてタロット。
素敵な並びになりましたね。
真ん中のカードが乗り越えっちゃ乗り越えだけど、やってみよう。

すこしずつ歩んでいます。すこしずつだけど、確実に。
丁寧に、インチキ無しの一歩一歩で、ココロ尽くして、
そしてちゃんと、自分の声に耳を傾けながら、ですね。