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前線と銃後。 [呉]

目前のあわただしさにワラワラしながらも、
呉の勉強と執筆めいたことはコソコソ地道に続けています。
できれば今年のうちになにかしら書き留めたい。
たぶんまだまだフラフラの状態であると思いますが、
いろいろな方に聞けたお話をまとめて自分なりに考えて一つ編む。

約2か月前の4月頭に呉で頭いっぱいにしたのがずいぶん前みたい・苦笑。
それだけ濃い濃い時間の中に相変わらずいるようです。

呉の戦災を記録する会というのがあって ⇒ http://kure-sensai.net/
こちらの代表・朝倉さんから昨日メールをいただきました。
ヤフーが「後世に残す戦災空襲体験版を制作」しており、このたび「呉空襲版」が完成。
https://wararchive.yahoo.co.jp/airraid/detail/24/

記事自体はさほど長くないけれど、呉空襲の概要がまとめられて、
体験者の動画インタビューが充実しています。朝倉さんもご登場。
4月にお宅を訪問した際、玄関に季節真っ盛りの菜の花が大きく活けられていました。
この時ご指摘もらった数々の言葉が、正直、いまのわたしを悩ませています・笑。
でも、言ってもらわなければ悩みも気づきもしなかった。
気づかなかったほうがよっぽど怖い・・・。呉が孕むモノを知りました。

ぜひ一度サイトをご覧ください★

ただねー。
動画インタビューには標準語でテロップが出るんだけど、
呉弁の翻訳がイマイチだねー。
「ようせん」とか「ようけ」とかのニュアンスがいま一つ・笑!

呉は、海軍の拠点であり、軍艦造船や兵器工場があったため、空襲を受けた。
たくさんの学童や乙女たちが兵器や戦闘機づくりに駆り出された。

銃後、と言います。

銃などの兵器を手に戦争の最前線で戦う兵隊さんの背後、銃の後ろで、
実際には兵器を持たないけど戦争のために必死で身を粉にする呉人たち。

いま「一億総活躍社会」とか言ってるけど、当時は「一億玉砕」と言っていた。
なんか・・・、ゴロが怖くて嫌だなあって、わたし思っちゃって。

銃後があるのは、銃前(という言葉はありませんが)があるから。
今日は、注文していたこんな本が届きました。
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左は、昨年実施された戦艦大和の海底調査の報告書籍(ひと月ほど前に買った)。
ほぼ写真で読むところはすくないけど・苦笑、
わたしが実際にお会いしてお話を聞いた学芸員さんの原稿もあって親近感です。

右は、太平洋戦争の艦艇が詳しく解説された本で、
いまわたしもめちゃくちゃお世話になっている戦艦大和会が全面協力。
戦艦大和会 ⇒ https://senkanyamatokai.amebaownd.com/
これまた、先の4月の帰呉でわたしも拝聴した講和が収録されていました。
戦艦大和と武蔵、信濃の最期を、駆逐艦磯風から見届けた方。
こっちの本はめちゃくちゃたくさん読むところがある。ひゃー。

戦争には、前線と、銃後が、あるんです。
上層部のことはわたしにはまだよくわかりません、でも、
たとえばわたしが当時生きていたなら絶対に関わっていたであろう、
前線と、銃後のことは、わかりたい、想像したいと真摯に思います。