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夢。 [つれづれ]

夢をよく見るほうです。

というか、夢をよく憶えているほうです、が、正しいか。

夢なんか見ないって人も、きっと見てる。憶えていないだけで。
ネットでちょみっと調べると、
人は一晩に合計で2時間くらいはなにかしら脳が動いて
映画一本分の夢のようなものを見ている、との説もあるよう。

浅い眠りと、深い眠りを繰り返す、睡眠。
夢は、浅い眠りに起きる。朝が近づくにつれ、浅い睡眠の時間は増えるから、
寝てすぐより、起きる直前に見る夢は長く、憶えていやすい、ってとこですか。

睡眠リズムは、俗に、1.5時間でしたっけ?

そうか、それでか。
めちゃんこ夢が畳みかけるときは、ほぼ1時間おきに目が覚める。
で、いちおう、トイレに行く。
トイレに行きながら、「いやー、いまの夢は激しかった」、ひとりごちる。
ベッドに戻り、気づくとまた目覚めている。だいたい1時間ちょい後。
再び、いちおうトイレに行きながら、「いやー、さっきの続きだったわ」となる。

なんかね、夢の続きを見るんです。

たとえば、
恋人役の人と、さっきは順調だったけど、次は破局寸前、とか、
さっきはボスだったのが、今度はなぜか争っていて、とか、

ええ!?
トイレに行ってる間になにが起きたんだ!?

参っちゃうなー。
出来れば順調のまま最終的な朝に目覚めたかった・笑。

それで。

ゆうべ、マズいくらい怖い夢で。
ぎゃーともがいてもがいて、指なんかふとんわしづかみで、抵抗しまくり。
抵抗しても無駄ですね、相手は夢なんだから。
いまやってるのは無駄だわ、一番いいのは目を開けることだわ。
妙に静かに脳の一点がふと冷たくなると、目が開いて。

で。

いちおうトイレに行きながら、「戻ってこれたわー」。

なんだか夜中に大騒動ですよ。
戻ったはいいけど、ベッドがちょい怖かったので、香りで気持ちをなだめる。
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オーラソーマというカラーセラピーのプロダクツ、
「セラピスベイ」というルームスプレー。落ち着く。

そんなこんな夢ですが、おもしろいことがあるんですよ。

「せめて夢で逢いたいわー」と想い続けたり、写真を枕の下に入れると、
その人が夢に現れてくれるとかって信じたりする。
まあ、あながちハズレではないと、実体験的には思います。

でも、ですね。

「せめて夢で逢いたいわー」があまりに募ってしまうと、
自分のではなく、相手の夢に乗り込んじゃう場合もあるんですって。

……ふうん!

んじゃ、しょっちゅう夢に出てくる人はすごーくわたしを想ってる?
ありえんな、芸能人だったりするもんな・笑。

うーん、わたしもどなたかの夢にお邪魔してないでしょうか?
ほどほどにするよう注意します・笑。



ははうえ様。 [手紙]

♪ ははうえさま お元気ですか
ゆうべ杉のこずえに
あかるくひかる星ひとつみつけました
星はみつめます
ははうえのようにとてもやさしく
わたしは星にはなします
くじけませんよ 男の子です
さびしくなったら はなしにきますね
いつか たぶん
それではまた おたよりします
ははうえさま
いっきゅう ♪

ほとんど突然に思い出しました。
アニメ『一休さん』のエンディング曲の歌詞

これ。

手紙の原型だと思うんです。

『手紙、書きます』

……と、いきなりすぎる見出しで立ち上げたホームページ
http://maruru5.wixsite.com/maruko
想いを伝えるお手伝いをしたいとココロ尽くして考えてのことです。

実際、需要があるのかどうかまだまだわからない段階なのですが・汗、
でも、わたしは、この活動をライフワークとして大事にしたい。

「地道にしなければならないですね」と。

人生の先輩のある方に激励されました。文字通り、
激しく=厳しく、励まされたのだと受け止めました。
人の想いを代筆するなんてちょっとやそっとのことじゃない。
相当の覚悟で引き受けていく。
もちろん、その人の代わりにその人の人生が生きられるわけじゃないから、
お手紙を代筆する“一瞬”の時間を憑依的に生きるだけ、です。
でも。

一瞬でもその人を生きるのだから、相当の覚悟が要る。
同時に。

軽やかでもある。言葉に出来なかった想いを言葉にする“変換”の軽やかさ。
(こんな言い方アレですけど)他人(=客観の生命体)であるからこそできること。
そんな風にありたいなと。

手紙って、うんうん悩みながら書くことで、
自分がどれだけ相手のことを思っているか、どんな風に思っているのか、
どれだけ好きなのかってことが、びっくりするくらいわかります。

ああ、こんなにもわたし、この人に伝えたかったんだなって。

こんなにもこんな風に好きだったんだなって。

自分を絞り出すような感覚によって浄化される。
自分をある種俯瞰して広々と広がる。
この広がりで相手を包みたいやさしい気持ちになる。
もちろん。
いろんな種類の手紙があるので一様に“好意”ではないかもだけど、
すくなくとも“最善”ではあるのじゃないかと思います。

そんでもって。

改めて味わうと、一休さんのこの歌、泣ける。

……ちょー泣ける!!!

母に逢いたさ、逢えなさ、ぐっとこらえる、そのいたいけなさ。
淋しくなったら話に来る、いつか、たぶん。

いつか、たぶん……。

そんな頼りなさったらない!なのにくじけない!

一休さんの最終回、号泣しました。子どもながらに号泣した。
アニメで号泣したのって、
『一休さん』と『ドロロンえん魔くん』ぐらいだよ。




トーマくんその②。 [ライター仕事]

生田トーマくんインタビュー記事が、
現在発売中の雑誌『FLIX』さんに掲載されました。
ぜひお手に取ってくださいませ★

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(上の写真、「文=丸古玲子」になってますー)

インタビューが心地よかったと、
昨年末のブログ『トーマくん。』にも書きました。そんでもって、その②。
あのときの空気感を思い出しても、やっぱ心地よかったなあと思うんだなあ。
盛り上がったとかではないし、カコミからの個別だったから、
一対一はほんの10分程度。ガッツリ話したのじゃないのだけれど、
ほんの10分でも思うものはある。

で。

このブログを始めて2番目の記事『毛糸の帽子。』(昨年11月)に、
数年前に1シーズン30個も帽子を編んだ話をしたら、
「かわいい……」と某ジャニーズ青年に言われたって書きました。それ、
今回のこの記事です。

映画『彼らが本気で編むときは、』で、
トランスジェンダーの女性を演じるトーマくんは、
作中わりとずっと毛糸を編んでる。とても上手なんですよ。
そんなで自分のこともちょっと話題に出しちゃった。
「対談」ではない「インタビュー」なので普段は自分のこと、
そんなに言わないんですが、つい思い浮かんで言えたあたりが、
心地よかったにつながったかもしれません。

で、で。

彼が「かわいい……」とつぶやいたのは、わたしのことなのか?
父のことなのか? (『毛糸の帽子。』昨年11月の記事ご参照あれ★)
結局、謎のまま・笑。

素敵な映画です、ご覧になってみてみてくださいまし。

そんでもって今号『FLIX』さん巻頭も書かせていただきました。
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チェキら★


ロケ地マップ。 [呉]

呉ではもはや入手しにくいという映画『この世界の片隅に』のロケ地マップ。
東京では虎ノ門にある広島県東京事務所ってとこに、
まだいっぱい?ありましたよ。

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これは姉が東京・銀座の広島アンテナショップTAUで獲得したのを
1枚譲ってくれたもの。わたしもこの正月に大和ミュージアムでいただいたのですが、
わりと何度も開いて確認するので予備ができて有難い。

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中面は、呉。
この町で生まれ高校生まで育ったわけですが、俯瞰で見たことなかったから新鮮。
実家は地図内「灰ケ峰」という標高737mの山のふもと(〒737と同じ!)。
山頂に現在は気象台と展望台がありますが、これ、
基礎は高角砲台(対空射撃)だったんですね。

知らなかった。

B29なんかの爆撃機がわーんと来るたび撃ち放っていたわけです。
敵が投下する焼夷弾や破裂弾も恐ろしいけど、味方の高角砲も怖かったろう。
想像を絶する。

東京、横浜名古屋神戸、それこそ日本全土に空襲はあった。
そして呉にもありました、呉は帝国海軍第一の造船所だったから。
海軍の中枢・呉鎮守府に、広という場所には空廠(飛行機を作るとこ)もあった。
当時を語る本や新聞記事の本を集めて必死で読んでるとこですが、
内容が重く重くのしかかってくるのでなかなか読み進めないのが正直なところ。
これを受け止めるのは相当の覚悟が要るなあ!……がんばらなくちゃ。

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生き残ったのは「奇跡」だと、
(軍人・軍属・市民を問わず)生存者の多くが異口同音に語る。

いまここにあるのは、なにのご加護か、奇跡と。

うーん、つまり、わたしたちがここに生きているのも奇跡の先っぽ。

スピなことやメンヘラや精神論が言いたいんじゃありません。ただ、単純に、
奇跡の先っぽにちょこんとわたしはいるんだなと知った、というだけの。

ちょこんといて、ちょこんとココロを尽くして、またちょこんといる。
ちょこん。大事だなあ。


シェフ。 [つれづれ]

天海祐キさんてめちゃカッコいいですなー。

……突然ですみません。つれづれなる休日。
録り溜めてほうっておいたドラマを見たおしております。

一つ前のクールの連ドラ『シェフ』。天海祐キさん主演。
三ツ星レストランからおん出されて小学校給食を作る話です。
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なんでそこまで意地悪かな!?ってほど
小泉孝太ロウくん演じるレストランオーナーが邪魔してくる。
天海さんは徹底抗戦するわけですが、その半端ない反骨魂に、
めちゃくちゃ勇気づけられるんです。

しかも、ちょー軽やか!これってきっと天海さんだからなんですよね。

視聴率的評価はどうだったか知りませんが、じくじくと悩めるとき見ると、
爽やか~な気分になれる。額の辺りのモヤモヤがすこし晴れる感じです。
巨大な力に押し付けられながらも奮闘する話は下町ロケットなど数ありますが、
そういう骨太感ともちょっと違う。お涙頂戴もギリギリセーフに寸止めで、
泣きのドラマが面倒くさいわたしにはちょうど良かったのかも。
一つ、孝太ロウくんがちょいちょい殴るサンドバッグがなんで金色なのか?
理由を見せて欲しかったなあ。そこだけ消化不良・笑。

で。

ドラマには多くの場合で「イケメン枠」ってのがあるんですね。

主演とバディ、ヒロイン、止め(テロップの最後に来る大物)、若手イケメン。
ドラマの主要キャストパーツです。

でも、「シェフ」にはイケメン枠が見当たらない。

なんでだろ? うーん。

……あ!

天海さんが「イケメン枠」も兼ねているんだ!!

それだ、それ!

おお~。納得。

自信たっぷりな役なのに嫌みがないのは、彼女本来の人柄なのでしょうね。
一度インタビューしたことがあります。
気取らない話し方、大きな身振り手振りは、素でも感じられました。
天海さん大好きな女優さんです。

とはいえ。

わたしがもっとも愛する女優は、沢口靖コさん。

……ほほう!

「意外だねー!」とよく言われます。……そですか?

科捜研の女はシリーズぜんぶ見た、再放送も見る、もはやトリビアレベル。

一方、好きな男優は、前出の小泉孝太ロウくん。

……ええ!?

「これまた意外だよー」と、よくよく言われます。

でも、ですね。

沢口靖コさん、小泉孝太ロウくん、実は共通点があるんです(わたし的な)。

どちらの方にも“育ちの良さ”を感じる、存在そのものが、もう、“上品”。
そこにいてくれさえくれれば(わたし的には)大満足。
孝太ロウくんは過去インタビューしました。あっけらかんと太陽的な好青年。
沢口さんはまだありません。いずれインタビューしたい!と願うばかり。

そいえば。

戸川純嬢も厳格な家に育った素養が薫りますよね、……ね?

いやあ、人間、自分にないものを激しく求めるものですなあ!


カエルさん。 [ライター仕事]

先週のライター仕事は、長年のお友だちカメラマン、リカちゃんの六本木スタジオにて。
ストレッチトレーナーの先生がやって見せるプロセスを一つずつ撮り、
そこに「腕を上げて脇腹を伸ばす」みたいなテキストを付けるのがわたしの仕事。

先生がどんな風に身体を使うのかそばでじっくり観察し、
「足は肩幅に開く?」「目線は正面で良い?」などチェック
撮影のごくごく近くに寄りたいのですが、わたしがカメラに映るとダメなので、
しゃがみこんで身体をちいちゃくちいちゃくし、床の上でメモメモ。

すると。

ユミちゃん「あれ?まるこちゃんの足、どっから出てるの?」
リカちゃん「ほんとだ、気持ち悪い・笑」

ユミちゃん「ねえねえ、横から見たらもっとすごいよ」
リカちゃん「カエルさんだねえ、しかも髪がボサボサ・笑」

これが、
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これに見えて。
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これは、
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これですね。
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(ユミちゃんはリカちゃんの妹。姉妹でカメラマンさんなのです。
おもえば昨日はリカちゃんユミちゃん2人体制で豪華!)


いやあ、ついこないだ、「ムツゴロウ」になったばかりでしたが、
今度は「カエルさん」になりました!

なんだか水際の生き物が多いねー。


バレンタイン。 [手紙]

今年も無事に?バレンタインが終わりましたね。

近年のバレンタインは女子から男子への告白よりも、
女子同士で友だちチョコなるものを交換するほうが多いとか。
チョコがもらえるかどうかで“友だち度”がわかる云々と新聞記事にあり、

ひゃー。

ちょっとコワい世の中になっちゃったなあと思ったり。

まあ、バレンタインにチョコを贈る文化は日本の菓子メーカーの戦略でしょうから、
それはそれで成功なんでしょうね。

わたしにもうら若きころがありました、初恋の人にチョコ、贈ったのかなあ。
なんか、恥ずかしくて贈れなかったような気もするけど。
「あげるー」って照れ隠しのにぎにぎなノリに任せておしつけたのか。
それとも、お菓子禁止の学校の規則をちゃんちゃんと守っていたのか。

「いらない」って、そいや、断られたこともあったような・苦笑。

十数年来続けている、お年賀状代わりのバレンタインカード、
今年も無事にお送りしました。
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四苦八苦パソコンで自作するのでレイアウトはあまり変えられませんが・汗、
メインの言葉は毎年変わります。

今年はどうしようかなー、なにがぴったりくるかなー、と、
一カ月くらいは悩む。悩むというか、自分の中身をぐるぐると探る感じ。
ここの言葉には、毎年そのときの自分自身のココロの状態がよく現れる。
前のめりな年もあれば、達観を装う年、ちょっと弱ってそうな年。
でも、およそにおいて、ここの言葉は、わたしのその年の抱負になっている。

書いて、後で、気づくんですけどね。今年はどうでしょう?

手紙、ハガキ、お便りって、自分のことがある種客観的にわかるもの。
届ける相手をどんな風に思っているのか、どんな風に好きなのかがよくわかる。

今年もみな様への愛をたっぷり込めました、わたしの愛、受け取ってくださいね!

腹筋。 [フラ&タヒチアン]

内科の診察(健診など)で、お腹を触られるのが苦手。

先生「力を抜いてくださいねー(やさしく)」
わたし「はーい」……と、お返事はいいものの。

んがっ!

先生「……今度は力を抜いてくださいね(キッパリ)」二度三度は、言われてしまう。

す、すみません。

くすぐったいのかわかりませんが、身構える。
先生の手の近づくのがわからないよう目をつぶったりもするけど、
ひゅっと指先が腹に触れた瞬間に、んがっ!
お腹の肉がギュムッと固まり先生を困らせてしまいます。

なんでだろう~、なんでだろう~。

つい先日の触診でも「んがっ!」をやっちまい、先生が。

「おお、腹筋

言われて、さらに、んががっ!

なんつーか、腹筋を誉められました・苦笑。

「腹筋だねー、アスリートっぽいねー、ううーん、腹筋が硬くて肝臓が触れない・笑」と。

……誉められた、って、言っていいよね・爆。


こんなんで喜んでたら本物のアスリートさんに叱られるわけですが。

たぶん、フラ&タヒチアン効果なのでは。

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本物のお腹の写真は見る方に申し訳ないので控えるとして。
フラの年上クラスのお姉さまの一人が描いてくれたもの。
(モデルはわたしじゃあないですが、わたしも絵と同じ格好で踊ります)

これからも可能な限り力強い腹筋で生きてまいります!


やさしい文章教室。 [手紙]

先日、「やさしい文章教室」に行ってきました。
以前のブログ「添削」で書いた、とある出版社の大先輩編集長のお教室。
あの力強く情熱的な添削指導をしてくださった方の生の教えが聞いてみたい。
初回ということでまずは見学です。

正しくは文芸教室。もう数年続いているとのこと。
豊島区教室には、近隣に住むご年配の方を中心に7、8名集い、
自分たちの書いた文章を読み上げては、実に熱心に言葉を交わされていました。
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毎回こんな冊子が配られる。

こんなところが良くて、こんなところに感動して、
ここはもっとこうしたら良いのでは?と。すごい。皆さんまっすぐです。

それぞれの文章も素晴らしい、というか、それぞれの体験自体がもの凄い。
え、そうなんですか、そんなことがあったんですかと、全員がドラマの主人公。

わー。

わたしだったら何を書いたらいいんだう? 心でプロを自称するだけに、
かえってこっばずかしく頭を殴られるような気までする。

編集長の指摘がまた率直。平易な言葉と説明でむしろガツンとくる。

そーだ、そーだ、そうなんですね! 激しくうなづくわたし。

人は誰でも主人公です。身近な出来事がドラマなのです。

「自分史」を書くことは、とても有意義なのです。それは、
自分の人生を自らにふり返らせ、先の時間へも進めるみならず、
それを読む人にも視点を与えるから。こないだの養老氏の本にもありました、
(自分を見せることにより)他人が自らの人生の意味を考える手伝いになる。
それこそ人生の意味、と。そのようなことが。

わたし自身は、若輩であることが一つの理由で「自分史」に至りません。
それと、自分の自分史を書くより、他人の自分史をお手伝いすること、
つまり、わたしを介在させて「他人の自分史」を書くほうが向いていると、
いまは考えている。

ぜひ、お手伝いさせてくださいませ。一緒に「あなたの物語」を綴りましょう。

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久々に、姉が、ナイスなレターセットを見つけたと知らせてくれました。
封筒の穴から、畳んで入れた便箋のライオンリフトが覗く作りなんだそうです。

どんなご依頼のお手紙にぴったりなんだろう、いまはまだわからない。
でも、きっと、「このレターセットぴったり!」というお手紙がある。

ぜひ、ご相談くださいませね。

戸川純。 [つれづれ]

ああ、嗚呼、嗚呼、嗚呼!

ポチってしまった、戸川純嬢の本。
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彼女(YAPOOS)の歌は「パンクなのか?」と聞かれたことがあります。

ううーん、う……、ごめん、パンクがわからない、と思いました。

戸川純を初めて聞いたのは中学生の時分、ほぼオンタイムと思われます。
当時はまだ「レンタルレコード」の時代で、
友と小遣いを分担し2、3枚を借りたのですが(カセットテープに録音するのです)、
1枚目で「怖いから、もう、いい」と、続きを断られた。

怖いのか。

そうか、怖い、の、か。

ある種、新鮮な情動でした。

そこからは自分一人での地道なファン街道です。

そんな風にして、10代、20代、30代、40代前半まで、常に、
戸川純嬢は、わたしの教祖と呼んでもいい。
何度生まれ変わったって自分以外には絶対になりたくないと思うわたしでも、
電車で好みの美人を見ると、あんな顔に生まれたかったなあと思いますが)、
戸川純嬢の描く“歌詞”の中に生まれ直したいと、何度焦がれたことでしょう。
彼女自体というより、彼女の描く歌詞(と、ときに歌い方)に執拗に憧れ、
ほとんどバイブル(聖典)として生きてきました。

これ、マジ、大げさな話じゃないです。

隠れ熱狂。ほとんど同一化して自分の苦しみから逃れるべく自慰したと言える。

彼女の歌詞を評して「感覚的」と言う人がいるようです。

んな、バカな……!?

あれのどこが感覚的なんだ、徹底的な思考と独自理論と独自倫理の果てではないか、
突き詰めたところの確信犯であり、言葉の恐ろしさを嫌というほど知る人の言葉。

なにか言ってやりたい衝動に駆られますが、まだ拝読していないので黙ります。

近年はライブにも行かなくなりました。いまは必要としていない。
それでも、まま、歌詞の一節を思い出し、望みとは別に救われることも確かです。
“我一介の肉塊なり”。
ギリギリに捨てられるたびに思い出す。そうして徹底的に堕ちるだけ堕ち、
転んでもタダでは起きない根性で復帰する。
生きながら生まれ変われますよと、何某の宗教は言ったりしますが。

ええ、わかっています。

だって、わたし、すでに何度も生きながら生まれ変わってきましたから。

人それぞれに信仰は違う、ただ、わたしの信仰が戸川純嬢だっただけで。

この本、ページを開くのが怖いんですが、それって恍惚の一面なんです、きっと。

で。

同様に、岡村靖幸も、ちょい信仰していると、言っちゃいます。
どうも男子に毛嫌いする人もいるようですが、わたしは完全にラブ。
女々しくて、女々しくて、たまらなく、いい。

うーん。

男は、女々しいとか、雄々しいとか、言ってもらえるのに、
女は、姦しい、くらいしか言ってもらえないのって不公平じゃないですか・笑?