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ムーン(月)。 [タロット]

わたしの特技は、いちおう、タロットカードを読むことです。
使っているのは、アレイスター・クローリーという人が監修した「トート・カード」。
世の中にはいろんな種類のタロットカードがあるけれど、わたしはこれが一番好き。

わたしのタロットリーディングは、いわゆる占いではありません。
自分の中にあるごちゃごちゃした形を作れない感情や考えをカードに映し出し、
自分のことではあるけどちょっと客観的に観察したり作業したりするもの。

えーと。

たとえば。

「わたしの恋愛運は?」は、聞けません。
「恋愛したいんだけどどんな風に取り組めばわたしは恋がつかめる?」なら、聞けます。

78枚のカードは、
「あなたが人生で逢うべきあなた(わたし)の中の78人の友人」とも言われます。
そのときそのときの状態に添って、78人の友人のだれかがアドバイスしてくれる感じです。
友人に「わたしの恋愛運は?」って聞かないですよね?
「しらんがな」と言われるのがオチです。
「そもそも恋愛したいの?」と切り返されるかもしれません。
リーディングをする前に、そうした“そもそも”や、
“内心どうなってほしいか”のところを、わたしは大事に会話します。
会話の中から納得いく質問を作ること自体が、結構大事だったりするんですね。
そして、なにが出ても、カードに、いいも、悪いも、怖いも、ありません。


もちろん、自分のためにもタロットカードは引きます。

「この仕事を、お相手にも自分にも納得のいくものにするために」とか、
「いまのあの人と自分のバランスは」とか。
人との相性というのは、こうこうこういうものです、で、終わるものじゃない。
お互い生身の人間。そのときどきの心身の状態や環境で、関わり方は五万と変わる。

で、タイトルの『ムーン(月)』。

タロットには『ムーン(月)』のカードもあって、わたしはとっても好きなんですね。

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月は無意識の象徴としてよく使われます。女性の神秘的な面とも縁が深い。
タロットの『ムーン(月)』も、無意識、神秘、不可知などがテーマです。
簡単に言えば、「知らない、ということを、知る」みたいな活動・作業になります。

最初は、『ムーン(月)』をやるのがとっても難しかった。
でも、あるとき、一晩で、わかった。

過去の一時期、カラーセラピストとして活動していたとき(いまはカラーはやってません)。
イベントで参加した先の営業マンの男性が、色の知ったかぶり知識を披露したので、
なんとなくカチンきて「色のこと知らないくせに」的に言ってしまったんです、わたし。
(ずいぶんといきがっていた時代です・恥)
でも、言った直後、どうにもこうにもいたたまれない感情に襲われまして。
で、その夜、「今日の出来事はわたしになにを言っていたの?」とタロットに聞くと。

出ました、『ムーン(月)』。

無意識の領域です。わかるようで、わからないとろこの部分です。
でも、そのときはすっくとひらめいた。
「あ。色のこと知らないのはあたしのほうじゃない?」。
そこを自分に認めると、ぱぁぁぁっと視界が開けた気がしました。
翌日、朝のあいさつと共に、その人に、ごめんなさい。前日より親しみがありました。

とはいえ、顔も名前も思い出せないほど、いまは疎遠ですけれども。

タロットを読むには直感が大切だけど、ある種の技術です。経験でもあります。

おもしろいですよ。タロット。

個別と、カコミ。 [ライター仕事]

インタビューには2種類あって、個別(または単独)と、カコミ。

個別は、ライターと対象者が一対一で話す、
カコミは文字通り、数人のライターで対象者を囲んで質問する。

人気者の取材には多くの媒体が殺到するから、
まずは「カコミ」というのが30~40分で設けられ、
その後に各媒体が「個別」の時間をもらって撮影したり追加のインタビューしたり。
たとえば人気映画の人気主演さん。
脚本を読んだ感想とか、現場の雰囲気とか、共演者の話とか、
一通りをこちらは聞くことになるし、あちらは答えることになるしで、
いちいち同じことを繰り返さないためも、「カコミ」は非常に効率的なんですね。

ライター(インタビュアー)の立場から言っても、「カコミ」はときに意味深い。
というのも、ライター同士って実はほとんど接点がなく、
「カコミ」や「記者会見」以外ではなかなか出会うものじゃないから、
ほかのライターがどんな視点でどんな質問をするのか聞くことは勉強になるんです。

と、思えば、
「あー!先に聞かれた!」と、考えていった質問を取られちゃうこともあるし、
「えー、そこ、もっとツッこんでよ!」と、聞きたい中身が曖昧なまま次の質問に移り、
どうにもこうにも聞きたい質問に戻れない流れになることもあります。

対象者の様子をよく見ながら、自分の番が来たら、どう切り出すか。
なかなかスリリングな時間なのですね。

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わたしのインタビューグッズです。
インタビュー中は目前の相手に極めて集中するため、メモを取ることは、ほぼありません。
ひたすら全力で相手に向き合います、それはもう、全身が「耳」です。
この会話が録音されていなかったら致命傷ですから、
レコーダーが回っているかどうかはときどき確認します。でも、
お相手から意識が逸れることは、一瞬もありません。

昔は、あまりの集中に、よく頭痛を起こしていました。
ほとんど「脳ミソの筋肉痛」状態です。なので半日くらいで治ります。

昨日は、カコミ、からの個別。
今日は、個別ではあるけれど、お相手が5人の座談会、と、
それぞれ違う状況でインタビューしてきました。いずれにしても、
彼らが言いたいことを原稿にしたいなと思っています。

「エンディングノート」の勉強してきました。 [手紙]

先週、「エンディングノート」の説明会というのに参加しました。
主催は、皆さまも多くが御用達なのではと思うコープ、つまり生協さん。
場所は、都心ではない東京都内の葬儀場。参加無料なんです。

葬儀場(の会席室)が会場なので、葬儀やお墓の宣伝目的もなきにしもあらずでしょうが、
(実際に見学。祭壇の飾りの意味や、霊安室の待機待ちの話もありました)
これがずいぶんと親切で丁寧な説明会で、担当者はコープの葬祭ディレクター。
終活カウンセラーやグリーフケア(遺族のケア)アドバイザーの資格もお持ちで、
(さらにペット葬儀の資格まで!)経験値はさることながら、
お話の仕方のやさしく細やかな、それでいて肝は押さえる、いい会でしたから、
いろんな点でとても参考になりました。

参加4名と小規模ながら、
・子どもがいないので夫婦の残されたほうの葬儀や遺骨は最終的にどうすればいい?
・入院中の奥様がもうじき……。そろそろ葬儀を考えなければ。
(働き者で健康診断なんか受けたことのない奥様が突然倒れて2年自宅介護、3年入院)
・まだ若い夫婦だけど(40代前半)なんだか心配、ついでに親のことも気になる。

ああ、そうだ、そうなんだ。

世の中にはさまざまな環境で「エンディングノート」にたどり着く人がいるんだ。

……自己紹介の段階できゅーんとしてしまいました。

かくいうわたしは、手紙代筆や、記憶の代筆のために、学びたいとここにいる。
身が引き締まります。

もらった「エンディングノート」は非売品で、コープオリジナル。

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さいごのほうに、メッセージが書き込めるページもあり、まさしく、
わたしが考えているものと重なりました。

「意外と、女性より、男性のほうが書かれるんですよ」

ああ。

とても勉強になったので、これからもご指導願おうと、
会の終了後に担当の方に名刺を出しごあいさつすると、
「なるほど……、ただの主婦じゃない感満載でしたからねえ」と言われました、ハハ。


「エンディングノート」は高齢者のためとは限りません。
ノートの中身には「いまを生きる」ための項目がたくさんあって、それは、
どんな年代(子どもや若者は考えにくいですが……)でも書き込んで、
実感できるものなんですね。

わたしも、まずは自分が書いてみようと思います。
そうすれば、手紙代筆をご依頼いただくお相手にもっと寄り添える。



父母へのスピーチ、のこと。 [事例]

このスピーチ文を書いたきっかけは、
ある有名な舞台女優さんが主催される『話し方教室ワークショップ』への参加でした。
役者志望の方々を多く指導されてきた女優さんなのですが、彼女が突如、
一般人用のワークショップも開きます!ということで、
第一期生?としてわたしも手を挙げました。前から大好きな女優さんの一人だったんです。

日々の話し方に自分らしさを引き出す、という一般人相手のワークショップ。
なにをするんだろう? ……と思ったら、役者さんとほぼ同じ内容のようでした。
体を動かし、シェイクスピアなんかのセリフも口に出してしゃべってみる。
彼女は一般人でも容赦なく?たくさんのことを惜しげもなく教えてくれました。

なかでも一番印象に残ったのは、「嘘はなしよー!」という言葉。

自分のものではない与えられたセリフでも、そのしゃべり方に、
「自分に嘘をつかないよー!」と鼓舞されるんです。

どーゆーことだろう!!?

焦りました。自分に嘘をつかないしゃべり方ってなになに、わからない。
わからないまま、何度も何度もやりました。
結果、わからずじまいではありましたが、ちょっとだけわかったこともあった。

どうも、わたし、カッコつけるきらいがある。いい感じに言おうとしてしまう。

そこがちょっとだけわかって、いやだなーと思いながら帰ったわけですが、
不思議なことに、以来、とてつもなく苦手だった「電話でしゃべること」が、
ちょっと苦手か、そんなに苦手じゃない、というレベルに下がっていました。

これはかなりのめっけもんです!

『話し方教室ワークショップ』では、最後に参加者の一人一人が3分スピーチをします。
この女優さんの大きなオリジナリティの部分です。

事前の課題として書いていったのが、ホームページに掲載した「父母へのスピーチ」。
ううーん。なにをスピーチしたもんだかなあ!……と悩み、
とくに理由もなく父母への「手紙」を書いてみることにしました。

でも、書いていくうちに、いまスピーチするならこれだろうと納得しました。
父母が年老いていくことは、近年目に見えて気になっていましたし、
かといって、文中に書いたように、今後一緒に住むことはほぼ無いだろうから、
「手紙」で伝えるのがちょうどいいように、感じられたわけです。

実際のスピーチでは原稿が持てないので、ぜんぜん違うことをしゃべったと思います。
それでも「父母へのスピーチ」には変わりがありませんでした。


「手紙」のきっかけは、なんでもいいんです。タイミングは、自分次第。

ふと思い立つことが、案外、ちょうどいいんじゃないかと思います。

3分ってけっこう長いんですねー、この原稿2000字でちょうど3分くらいです。

もっと短くも、もっと長くも、できます。

ふと思い立ったときに、ぜひ、ご相談ください。

毛糸の帽子。 [つれづれ]

明日から寒くなるというので、毛糸の帽子を編みました。
数年ぶりなので目の揃わないところもあるけれど……、ご愛敬で。
頭頂の引き絞りがうまくいかずゆるゆると隙間があいたんで、
ぽんぽんをつけてみた。
本当は、歳相応の落ち着いた服装でもかぶれるようにとこの色にしたのですが、
ぽんぽんのせいでちょっと合わせが限られちゃうかな。ま、いっか。
やっぱり、毛糸の帽子は、手編みがあったかい。
ポイントは、耳まで隠れるってことです。
冬の寒さは耳からくるからね!!

毛糸帽子.jpg

毛糸編みは数年前にもハマったことがあった。
たぶんちょっとキツイ時期で、単純作業の毛糸編みが現実逃避の没頭に最適だったよう。
帽子ばかり30個ほど編んで、30個目あたりでぴたりとやんだ。
きっと「ぬけ」たんでしょうね。
で、当時、まだまだ10個目あたりを編んでるころに年末年始がきて実家に帰省。
父母の相手もせず、せっせと編み棒を動かすわたしに、ふと、父が、
「おまえのう。頭は、いっこしかないんで」。
ぬー! 妙に納得。
妙に妙に納得しつつも、わたしの編み棒は止まらず、1シーズンに30個ですよ。
次から次へと友人に、友人の子に、かぶせて回りましたとさ。

このエピソードをつい先日、某ジャニーズの青年にインタビューした際、
あなたが没頭することは的な質問の流れで、つい例題として出しましたら、青年、
「……かわいい」と、ぽそり。

わお。

かわいいって。

わたしが? 父が?

……そこのところ、聞きそびれました。

この青年との会話はなんというでもなく心地よかったので、
わたしのインタビュー記事が掲載される雑誌が発売となったら改めて、ご報告します。

なぜか、帽子に惹かれるんですよね。
夏用帽子もミシンで作るんです。

帽子.jpg 帽子中.jpg

型紙は販売されているので、それを買ってきて印どおりに布を断ち、
ミシンでぐんぐん縫うと半日で完成します。集中すれば初心者でも楽勝です。
この夏用帽子にもハマって15個は作り、
友だち、親、姉、親戚連中の頭にもポコポコかぶせて回りました。

みなさま、ホント、お付き合いありがとうございますって感じです。

帽子。

なんでなんでしょうね?

『ちょうちょ人間』とは? [つれづれ]

ブログタイトルの『ちょうちょ人間』とは?

……の前に、顔写真うえの「AKIRA-alice」から自己紹介します。
わたしの名前は「丸古玲子(まるこ・れいこ)」ですが、
(おもしろい名前ですよね、まぎれもなく誕生時の戸籍の名前です。
チョー簡単な漢字なのに「ま、まるこ、って、本当に読んでいいの?」と、
はじめて逢う多くの人が一瞬思うみたいです。ついでに言うと、韻を踏んでます)
「玲」は一文字で「あきら」と読めることから、もう一つの筆名にしました。
偶然にも初恋の男の子の名前でもあって……、と書くと、そーですかーと愛想に困りますね。
「alice」のほうは『不思議の国のアリス』から取ったもので、中高生でハマってました。
お茶会の狂った帽子屋とか、わたしをお食べケーキとか、
鷲の頭と翼とライオンの下半身を持つグリフォンとか。
一番好きなのは、泣き虫ニセ海がめが歌う❝濃くてみどりのすてきなスープ❞。
憧れましたね~、どんなスープだろうかと適当な節をつけてよく歌っていました。
そんな「AKIRA」と「alice」を、なんの工夫もなく、くっつけたのが「AKIRA-alice」です。
なんとなくゴロが良くて字面もきれいな感じで、われながら気に入り長く愛用しています。

で、『ちょうちょ人間』。

これは、わたしが幼少の頃、❝サイン代わり❞にあちこちに書いていたもののようです。
数年前、ハッと思い出し、広島県呉市の実家の本棚をあさって見つけました。
絵本の表紙に堂々と記した『ちょうちょ人間』。
いやはや、これまたなんのテライもなく、ちょうちょに手足を生やかしただけのもの。
ちょうちょに手足ですよ!なんのための羽根なのさ!……と。
羽根をバッサバッサしながらコイツは地面をてくてく歩いているわけです。
はー!!
なにを思ったんでしょう、しかも名前は『ちょうちょ人間』。
まんまです!
ツッこみたい!子どもの自分にツッこみたい!!
きっと親も姉も「なんでちょうちょが人間なん!?」とツッこみたかったはずです。
けれど、『ちょうちょ人間』は、わが家でずいぶんと市民権を得ていたようで、
『ちょうちょ人間』が❝サイン❞されていると、それは確実にわたしのものでした。

あっぱれというか、呆れるというか、愛しいというか。

そんなわけで(どんなわけで?)、
ブログのタイトルを『AKIRAのちょうちょ人間』にしました。

どうぞよろしくお願いいたします!

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