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池袋アロハフェスで踊ってきました! [フラ&タヒチアン]

昨日の土曜日、池袋アロハフェスで踊ってきました!

モーレツな暑さの中、みんなもがんばって踊ったし、
見に来てくださった方もがんばった!

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理英ちゃんが来てくれました!
踊り終わって「玲子さーん!」と呼んでもらったときびっくり、うれしかった!
フルスペックのこのタヒチアン衣装は今回がお初。
ヒップベルトにモレ(すだれのような)はダブルだと結構重たい。
けど、重たいからこそぐんぐん腰が回せれば迫力が出ます。

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いつも通りに手前味噌な麗しきタヒチアンチーム。
こっちの衣装でも踊りました。なんせ1日3ステージ。
今回は髪をアップにしてちょっと大人っぽいバージョンです。

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これまた麗しきフラチーム。ミス・アメリカ!な愛称の衣装。
わたしは今回はフラチームではないですが、いつも一緒にレッスンしている仲間です。
美人が多いでしょ?・・・っつーのが自慢です!)

本番が一番ミスしちゃうんですよねー・・・! 今回もちょっとやらかした・苦笑。
練習して練習して身体が覚え込んだものを信頼するのが大事、なのに、
勢いあまってミスしちゃうことが、わたしに限ってはしばしばで。
それでも、「みんなよかったよ」って先生が言ってくれると、
次はもっと喜んでもらえるようにがんばろうと思います。

いやー、楽しかった!

フラ&タヒチアンはわたしにとって必要不可欠な存在ですね。

タヒチアンはぐんぐん腰を回すのが真骨頂なので、
年齢とか体力とか(見栄えとか!?)でいずれ限界は来ると覚悟していますが、
やれるところまではがんばろうと思っています、なんせ楽しいんで。
モレとヒップベルトの重さに耐えられる下半身の体力・筋力を養うことが、
目下の密やかな目標です。いやー、わたしって真面目やね・笑!?

次は、8月に目黒雅叙園で踊ります。
お見逃しなきよう、よろしくお願いいたします!
http://www.hotelgajoen-tokyo.com/archives/12039

レターセラピー。 [手紙]

先日、2度目のお手紙レクチャーをしました。
初のお手紙セミナーに来てくれた方から、
「また書きたいので」とリクエストをいただいて。

1時間ほどマンツーマンで親密に内容を詰めていきます。
ごくごく個人的な体験と想いと伝えたい気持ち、言葉。
どうしていまその方に書きたくなったのか、一番綴りたいことはなにか。
わたしは第三者なのでその方が宛てるお手紙のキミを知りませんが、
話していくうちにイメージが湧いてきます。

数日後、下書きが届きました。
直す必要なんてない、素敵なお手紙が仕上がっています。
わたしが行うのは、お手紙を書いた人と、もらう人、
どちらの目線にもなって、複眼的な、確認、とまでもいかない、最終チェック
書きたい気持ちを話し合ったとき、わたし自身が受け止めた感覚や共振が、
心置きなく現れているかを、そっと空から見る感じです。

お手紙のいいところは、書こうと思い立ってから実際に書くまでの心の流れ。
「レターセラピー」というものが、実際、あるそうです。
精神分析のプロから聞きました。
その分野で言われるレターセラピーが、わたしの感じている、また、
わたしたちの行っているものとまったく同一かはわかりませんが、
お手紙を書くことによる浄化は、確実に、起こります。

手紙の書き方うんぬんは、ほとんど、関係ない。
大事なのは思いやり。
やさしい手紙ばかりではない、ときには辛くてキツイ手紙もあるでしょう、
でも、どんな手紙にも、思いやりだけは、こめることができる。

ええと。
いまはわたし自身がバタバタと落ち着きがないので・苦笑、
なかなかセミナーを企画できず歯がゆいのだけど、
お手紙活動は、密やかにずっとずっと続けたいと思います。

また書きたいからと、また言ってもらえるとうれしいな。

いろいろと大事なことが増えてくねー。

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写真はほぼ関係ないけど・笑、大天使ミカエル。
わたしの机上でわたしを見ててくれます。


呉鎮守府地下壕から、防空壕の話をすこし…。 [呉調査]

昨日(7月17日)、呉のニュース東京にいるわたしにも飛び込んできました。

海上自衛呉地方総監部が、戦時中の地下司令室を初公開。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170717/k10011062261000.html
ニュースソースはいろいろあるのですが代表して。

報道陣への公開はこのたびが初で、今月末には一般にも公開されるそうです。
地元の学校(呉工業高等専門学校)と協力して調査していくという点も注目。
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チラシ右上のほうにインフォメーション出てますね。

行きたいなー。行けなくて残念・泣。

地下壕の存在は戦後隠されていたわけではなく、倉庫に使われるなど、
あるということは知られていたそうです、・・・わたしは知らなかった。
というか、まったく興味がなかったんでしょうね。

でも、呉を学び始めたいまはガンガンに前のめりで興味津々。
呉在住の行かれる人、あとでぜひどんなだったか教えてくださいね!

記事で見る限り、地下壕はとても広く、壁は頑丈で、12の部屋が確認され、
呉が襲われた数々の空襲の被害はほぼ無かったとか。

呉の人と町を守るためにここで最後まで作戦会議が行われ、極秘資料を守った――。

人は「地面の中の穴」に生き延びる術を求める。
地面が、地球が、最後には駆け込むふところなのかなー、とか。
地下壕で、「防空壕」を連想しました、いや、
決して同線上に安易に並べて考えるつもりは毛頭ありません。
ただ、呉には、いたるところに防空壕があったんだよなーと、
自然と連想してしまったんです。

わたしも、丸古の「本家」の庭にあった防空壕で子どもの頃は遊んでいたと思う。
祖父母の入院や両親の仕事の都合でよく預けられていましたからね。

いまは潰されてなくなったようです。
でも、丁寧に呉の町を見ると、「ここ防空壕だったんじゃない?」は、
びっくりするほどたくさんあります。

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両城町にある横穴式防空壕跡。崖に横に掘り進むタイプですね。

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宮原町の道路わき。穴の前についたてがあったか無いかで安否はわかれました。

防空壕におけるさまざまなお話は、また改めて紹介していきますが、
そうか、呉にはこんな風景が普通の中にあるんだなってことを、まずは。
わたし自身、興味を持たなければスルスル見過ごしていたものばかりです。

防空壕を知ったからこそ、地下壕にも多大な興味が湧く。

「当時の人と同じ風景に立ちなさい」。

同じ風景に立ちたい、立つために、見過ごしてきた風景に気づきをもって目を凝らし、
初公開のニュースに沸き立ってぜひこの目で体験したいと欲する、そうなんです。

ま、どうあがいても今回の呉総監地下壕は無理なので・泣、
どうぞ見た人はレポくださいませね★




呉と豊洲が似てる? [呉調査]

呉がいまも造船と製鉄の町として在るのは、
元をたどれば呉海軍工廠からの技術を受け継ぐから。
終戦後、戦艦や兵器造りはもちろん解体されますが、
呉の湾岸の一等地にある工場群をどうするのか。
さまざまな書物を読むと「戦犯工場」と呼ばれた時代もあるそう。
そりゃ、そうですよね、兵器を造っていたのだからね。
一等地の巨大な工場群自体を壊すにも莫大な費用と人員が必要です。
そこで呉は、同じく工廠のあった、横須賀佐世保、舞鶴と共に
海軍施設を平和産業へと転換する「旧軍港市転換法」を訴えました。
昭和25年のこと。終戦から5年目の出来事。
住民投票を経て成立したと、「呉の歴史」書にも記されています。

昨年(2016年)4月に呉は「鎮守府~日本近代化の躍動を体感できるまち~」として
横須賀・佐世保・舞鶴と共に4市で日本遺産の認定を受けましたが、
過去に一緒に「旧軍港市転換法」を訴え叶えた仲間だったんですね。

で。

旧軍港市転換法によって民間企業の誘致が進みます。
呉で有名なのは、日新製鋼、淀川製鉄所、IHI、など(ほかにもありますよ)。

個人的には「IHI」がなんだか記憶にある。
小学校の近くにIHIの社宅があって友だちが住んでいて遊びに行ってた。

最近、強烈な人脈をお持ちの方にご紹介いただき、
IHIの歴史を聞かせてもらう機会がありました。

創業の歴史は江戸時代にさかのぼります。
わたしたちのよく知っているIHIの改称前は石川島播磨重工業。
東京の豊洲で誕生。呉造船所は戦後に海軍工廠跡地を利用して設立。
現在、呉には、造船のJMC(ジャパンマリンユナイテッド)と、
航空機ジェットエンジンなど機械加工のIHI呉第二工場があります。

「大和のふるさと」。
大和を建造したドックの屋根部分だけが現存保存されています、ここがJMCですね。
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ところで。
IHI本社は豊洲、現在わたしの住まう場所からめちゃ近距離!

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いまの豊洲の道端にある案内図。完全に埋め立て地ですね。
江戸時代の新地開発で埋め立てられたのでしょうか(後で調べます・汗)、
この洲の一帯は造船所だったそう!
地図の左側をよくよく見ると、陸が船型に凹んでいる部分、わかります??

いま、当時のドックが一つだけ残されている。ららぽーとの中にあるの!
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「NO.2 DOCK」と記されています。
右奥に見えるクレーン、憶えといてくださいね!

反対から見るとこんな感じ。背景に見えているのが、ららぽーと。
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そして、そして。うちから見えるららぽーと方面。
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夜。前の写真で右奥に見ていたクレーンがライトアップ!
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わかるかな・・・。
青、赤、黄、緑・・・と、30秒か1分おきに色が変わるんです。

このクレーンはIHIの造船所時代の名残でした。
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いまはクルーズ船が出港してます。
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証拠。

ららぽーと豊洲の正式名称は「アーバンドック ららぽーと豊洲」。
わー、ちゃんとアーバン「ドック」って名前を活かしてる!

家人の仕事都合により意図せずこの地に引っ越してやっと一カ月。
そんなこの地に呉とのつながりを見つけ、興奮しました。
呉の眺めとはぜんぜん違う、なのに、似てる。
もしも引き寄せられて来られたのなら、なかなか呉に帰れず恋しくても、
この場所ならいっぱい呉のこと考えて、また、客観的にもなれて、
ちょうどいいのかもしれない、なんて。

(しかし・・・、クレーンの眺めの真ん前に高層ビルが建つ予定。
この眺めが保証されるのはあと半年か・・・泣)
(うちからの眺めの写真で手前に見えるクレーンは高層ビル建築クレーンで、
造船とはなんの関係もありません・・・! はあー!)



フラ&タヒチアン出場@池袋&目黒雅叙園。 [フラ&タヒチアン]


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何度目かの告知ですが……爆! 
目下みんなで一生懸命レッスンしているんですが、それがですね。

実は今月7月22日土曜もイベント出場するんです!
池袋アロハフェス!
http://www.kanko-toshima.jp/Event/event_05.html

池袋では22日の一日に3ステージ踊ります!
出演予定時間は、
①池袋西口駅前11時22分~
②東池袋中央公園14時57分~
豊島区役所16時40分~

目白押しです、さすが夏。アロハな季節。

ディナーショー@目黒雅叙園もよろしくお願いいたします!
[黒ハート]ホテル雅叙園東京のサマーフェスティバル~ポリネシアンナイト~[黒ハート]
Kフラスタジオがディナーショーに出演いたします〓皆さん是非お越し下さい[ぴかぴか(新しい)]
2回目のショーの時間が20時からに変更になりました[時計][ぴかぴか(新しい)]
日時:8月4日(金)
   8月18日(金)
場所:宴会場(華しずか)
開場時間:17時30分~(開場時間は17時30分ですがそれ以降も入場可能です)
ショー時間:1回目18時30分~
      2回目20時00分~
料理:洋食中心のビュッフェスタイル(南国料理あり)
金額:大人5,000円(ショー&ビュッフェ含む)
シニア子供料金あります。詳しくは電話でお問い合わせて下さい。
*お飲み物は料金に含まれておりません。
☆ご予約受付開始しております。
座席は先着順になります。
ご予約先
ホテル雅叙園東京(目黒雅叙園)
[電話]03-3491-4111
ご予約時、日付をお間違えないようお伝えください!
ご来場お待ちしております。
よろしくお願いいたします〓

http://www.hotelgajoen-tokyo.com/archives/12039
↑ こちらからもご予約できますー。

海底の戦艦大和。 [呉調査]

現在、呉の大和ミュージアムでは「海底の戦艦大和」と題した企画展をやってます。
昨年2016年5月に行われた、呉市による潜水調査の結果報告。
今年2017年4月26日にスタートし7カ月間、11月27日まで。

あいや、わたしはまだ実際には見れていません。
関係書籍とガイドブックを手に入れただけで。
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右は企画展以前に発行されたもの、DVD付2700円也。
左は現在ミュージアムで購入できる簡潔サイズのガイドブック300円也。
書籍のほうはビジュアル中心、ガイドブックはもうちょっと詳しく解説されている。

太平洋戦争の末期、戦艦大和は沖縄特攻の下命を受けて出発。
沖縄に到着する前に米軍に攻撃されて沈没しました。
3332名のうち、3056名が戦死、生還者は276名。
これは大和だけの数です。
沖縄特攻には二等巡洋艦「矢矧」のほか、駆逐艦が8隻出て、
駆逐艦「霞」「朝霜」「磯風」「濱風」沈没、「冬月」「初霜」「雪風」「涼月」帰還。
大和以外の9隻のうち5隻が沈み、981名の戦死者を出しました。

大和ミュージアムに行ったことがある人は知っていることですが、
ミュージアムの大和コーナーには沖縄特攻で戦死した方の名前が掲示されています。
それはもう小さな文字で壁一面で、圧倒されます。
わたしの遠い親戚(父方の祖母のいとこ)も大和と運命を共にされたので、
ここを訪ねると必ず名前を探す、大和ミュージアムでわたしが行う大事な作業の一つ。
でも。
ここに名のない人もいっぱいいっぱい命を落とされている。
全員が死ななくてよかった人たちです。

ガイドブックを見ていると、過去の潜水調査についても軽く触れられており、
それぞれの潜水調査の目的がすこしずつ違うことに気づかされます。
海の墓標委員会は大和の沈没地点の確認と遺骨収集や慰霊のため、
(もちろん、遺骨収集においては非常に繊細な配慮と考えが必要です。)
大和プロジェクト(テレビ系)や今回の呉市は大和の現状や構造を知るため。

今年の初め、呉市役所に飛び込んで、潜水調査をした方の話を聞きました。
インタビューの詳細はいずれちゃんと発表します)
前回潜水調査から17年潜水調査を行わなかった理由には、
一つは予算的問題もあるけれど、もっとも大きなことは遺族の想いでした。
大和をはじめ海底に眠る艦艇は、それ自体が墓標、お墓なのです。
いくら学術的な目的があるとしても墓あらしと変わりない。
そうした想いと折り合いをつけながらのタイミングは難しかったのだとか。

また、この潜水調査に同行した若い新聞記者さんにも話を聞いたんです。
息子かよっ!って年代の彼の目はいったいなにを見てきたんだろうと。
(これもいずれちゃんと発表します)
話の中で印象的だったのは、「生活の跡が見えたことに胸が詰まった」。
46cm主砲や、船首の菊の御門、バルバスバウ、厚い甲鈑、
ボイラー室、船尾のスクリュー、このたび初めて確認したという測距儀と、
大和らしさの技術を目の当たり(モニター越しとはいえ)にするのもすごいことだけど、
それ以上に、乗組員らの居住区の跡に心をもっともつかまれたのだと。

彼が当時そこにいれば年齢的に中堅どころだったでしょう。
部下を持ち、その命を預かっていたのかもしれません。
彼のそんな感想に、わたしの心もザワザワと騒ぎました。

大和は活躍の場を与えられることなく失われたと言われますが、
「大和だけじゃないけど軍艦に“活躍”の言葉はいけん」と、
そんな風に言う人もいます。
すごく、すごく、真摯に考えなければならないことなんだ。
言葉を書く人間としてズキューンでした。

それと。
こんなことも教えてもらいました。
歴史をさかのぼって書こうとするとき、たとえば、被害者約●●名って書き方をしがちたけど、
「一人としておろそかにしてはいけない、一人も漏らしてはいけないんです」。
軍関係であろうと、軍属であろうと、市民であろうと、一人として無名な人はいない。
全員に名前があって、その名を呼ぶ人がいたのですから。
全員が確実にその時代を生きてわが身の為すことをしていたのですから。

ギュッと気持ちを引き締めた一瞬でした。

★今後も含め、なにか間違った記述をしていたらドシドシご指摘くださいませ★

この夏の間に企画展ぜぇーったい行かなきゃね!


現存する呉空襲の跡。 [呉調査]

これからすこしずつですが、現在学んでいる「呉」についての報告を、
いまの段階で感じていることを、書き溜めていきたいと思います。

トップバッターは、呉の氏神、亀山神社。
ここに、昭和20(1945)年7月1日深夜~2日にかけてあった、
呉市街地を焼き尽くした大規模な呉空襲の跡が、現存していることを教えてもらいました。

軍の本拠地の一つ、呉海軍鎮守府と、
艦船の造船所や兵器を造る呉海軍工廠があった呉は、
同年3月から、戦争が終わる前日の8月14日まで14回の空襲があり、
中でも呉市街地にもっとも甚大な被害を出したのが、
この7月の「呉空襲」と呼ばれているものです。

焼夷弾が降り注ぎ、2000人近い人が死に、12万人を超える罹災者が出た。
海軍や工廠で栄えていた町は一夜にして焦土と化し、一面の焼け野原。

「自分の家に帰るのにどの道を曲がるか角がない、そもそも道がない。
焼け残った銭湯の煙突を目印に行ってみたけど家はなかった」。
そんなお話も体験した方に聞きました。

焦土と化す、とは、字面としては知っているけれど、
その言葉が表す実態を、わたしは経験がない。想像がすべてです。

で。

夜空を昼にするほど巻かれた照明弾、豪雨のように降り注ぐ焼夷弾。

戦後72年のいま、当時の傷跡を現存で見られるものはほぼ皆無です。

ほぼ、皆無。

でも、「ほぼ」とつけるには、一つでも、見るものがあるから。
それが、亀山神社の狛犬です。

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初詣でに、収穫祭の祭。呉のみんなが知っているであろう氏神の亀山神社。
わたしの両親もここで結婚式を挙げたそうです。

焼夷弾を受けたままに残る狛犬は、鳥居をくぐってすぐのとこ。
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本殿を正面に、右側です。寄ってみましょう。
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台座を見ます。
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焼夷弾を受け、破損したままの姿を、残しています。
岩をも砕く炸裂。経年の汚れではない焼かれた煤跡も感じられます。

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本殿を背に、右と左を並べてみました。違いは一目瞭然。
本殿を背にさっきとは反対から見てますから、
左側が焼夷弾の子、右が無事の子。

「もし、焼夷弾を受けたのが顔や首だったらもげ落ちて、
修復されとったでしょう。でも、台座じゃったけえね。
修復いうんも思われずここまで残れてきた。
そろそろ古うなったし直そうか、いう話が聞こえてくるたび、
絶対に直しちゃいかん、残さんといかんて言うんです」、と。

なかなかまだ知られていないことだそうです。わたしも知らなかった。
教えられたこともなかった、たぶん、親も先生も知らないからです。

亀山神社自体、呉鎮守府長官官舎(いまの入船山記念館)が建つことで、
官舎に場所を譲り、ここに「引っ越し」してきた。
神様の引っ越し!?と驚いたのが、そもそも、
呉のむかしにいったいなにがあったんだ!?とわたしが調べ始めた
きっかけの一つです。

亀山神社の引っ越しについてはまた書きまーす。

そして今日は、呉空襲のあった日、7月1日です。


緊張と、敬意。 [つれづれ]

緊張しいです。
これまでたくさんインタビューとかやってきて、
いろんな方にいろんなお話を聞いて来たけど、いまだに、
いちいち緊張します。

緊張するうちは余裕がある、なんて言われたことがあります。
緊張の正体は、自分がどう映っているかを気にする=いいカッコしい、って面もあり、
ということは自分のことがまだまだ考えられていて、相手に集中しきってない、と。

まあ、そうかも、だな。

ただ、わたしなりに人に話を聞く活動を続けて来て思うこともあります。
緊張は、敬意の一つではないか、と。

相手に敬意を払うからこそ内面のドキドキは必ず起きます。
相手に敬意を払うから、ドキドキを見せないように努力もする。
面と向かうと、傍から見るより一対一のエネルギーのつながりがすごい。
傍で思うより、一対一のせかいお互いに影響し合うものがある。
隠しても、あー、緊張伝わっちゃってるだろうなーってヤバいこともあるし、
いやー、あれー、お相手を緊張させてるかもーってわかることもある。

目が合うと、つながるエネルギーがさらにぐぐっと強まる。

話し始めたら緊張が和らぐこともあれば、断続的なこともある。

最後まで集中することだけ。全力の、全身全霊。
まあ、エネルギー強すぎて相手を脅かすのもマズいから・汗、
そこは、自分の等身大の輪郭を常に意識することではみ出さないよう気を付けて。

極度の緊張しいの自己弁護に、緊張は敬意って言ってるのかなあ。
ううーん、でも、どんな場面も相手にも敬意をもっていたいと思ふ。

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熱意と、信頼。
昨日のチョー緊張取材の前に出たカード。熱意と、信頼。

ますます緊張は敬意のインタビューは続きます!!




恋しさ、あわただしさ。 [呉]

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新しいデスク

このたびの転居を機に10数年来使ってきたデスクを廃棄し、
縦奥行き半分くらいのものに新調。
デスクが新しくなるってやっぱ物書きには新鮮です。

先週引っ越して丸1週間ほど。丸1週間でここまで生活環境作れたのって、
自分でも自分を誉めてあげたい・笑。がんばったよー。
いち早く生活や仕事の体制を戻し、できるなら以前よりすこし進化させ、
自分たちにも周りにもすんなり暮らせる流れに乗る。

デスク上はなるべくシンプルが信条。
作業中の原稿の資料もその日が終わればいったん仕舞いたい。
ミカエルのイコンと、時計と、エンジェルフライのクオーツ。
ほかは、パソコン本体とライトとちょっとしたものを入れる箱、筆記用具

目前の仕事にあわわわわ・・・、で、呉が恋しいです。
引越しを挟んで10日間か2週間くらいなにも触れていない。
それはそれで焦燥感に似た思いに苛まれもします。

あわてても仕様がない、大事に進めるほうが、大事。

で。
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あわわ仕事の気分転換(・・・といってはナンですが)に眺める。
一時高まっていた勘のようなものを取り戻すと言いますか。
ペラペラとめくって気づけば没頭して、すこし気分が落ち着く。

目前の仕事も、呉も、生活も、(お手紙活動も)、どれも大事。
納得できる速度と深度をもっていきたいね。

もうじき呉に帰る。深みにハマっていく。感度を上げてこっ。



新しい環境で。 [つれづれ]

無事にネットがつながりました、よかったー。

段ボールや配置の決まらない物モノでごった返す部屋もキツイけど、
自宅勤務者としては、まず整えたいのがネット環境。
メールや各種サイトが見られないのは仕事に大問題ですから。
まだまだ足の踏み場もない段階からつなごうとがんばったのですが。

げげっ。Wi-Fiの機械がヘンな点滅してる!?

建物に備え付けの回線からつなげば一発だと聞いていたのにどうもヘン。
見たことのない点滅に焦りカスタマーサポートに電話すると、
「それは・・・機械自体が劣化しているかもしれません」と。

ひえっ。

それは月曜に移動した翌日、火曜の出来事で、
その日中にチェックして戻さないとならない原稿がある。
いやー!助けてー!ひぃぃぃー!と、独りで泣いていても仕方がない。
化粧もせず電車に飛び乗り新しい無線機を買いに行きました。
ううーん、引っ越しってのは予期せぬ出費の連続です。

で、新しいのにしたらわりかし一発で(聞いていた通りに)開通。
ちゃんと仕事もできました(ちょっとだけ)。

これでまたつながれます、みな様よろしくお願いいたします!!!

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こんどの見晴らしはこんな感じ。た、高い。こ、怖い。でもきれい。
都会だねー、
高所恐怖症なのでなるべく下を見ないように暮らします・苦笑。

新しい環境で、ここからまたがんばる、いろんなこと。

引越しなど物理的移動は心機一転に腕力的な効果があるそうです。
使うものも、自分も、ただ動いて来ただけで変わらないのだけれど、
環境が変わることで、見えない部分をも変えていけることがある。

先週・今週と、準備から移動、片付けとかなりテンパり、
いまは身も心もくたくたなのですが、新しい環境で新しくがんばる気はまんまん。


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