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フラ・ステージ・ラッシュ! [フラ&タヒチアン]

これからの季節はわたしたちもフラ・ステージがラッシュです!
近々の予定をご案内しますので、
お時間のある方、ぜひ遊びに来てくださいね。

まずは今週土曜の26日。中野で踊ります。
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中野駅の北口からほど近い中野四季の森公園内の特設ステージ。
中野に出るのは初めてです。出番は16時30分ころ!

そして、6月1日金曜は恵比寿!
http://www.aloha-yokohama.com/aloha-tokyo2018/
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こちら、申し込んだからとだれでも出られるわけじゃないみたい。
わたしたちKフラスタジオのNANA先生とKYOKO先生のアタックで、
出演のお声掛けをもらうという快挙と相成りました。
有名なイベントに出られるのはなかなかないことなので緊張しながら、
でも、ハワイのクム(先生)や上手なダンサーたちを生で見られる。
刺激的です。
上記サイトの6月1日のページを見てもらったらわたしたちの美人先生の写真も出てます。
Kフラ出演時間は決定してませんが午後からかな、またお知らせします!

さらに、6月4日月曜は新宿京王デパートのイベント。
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デパートの上の階でよくある展示会や物産展の一つですね。
15時30分ころの予定です。ゆったり見てもらえると思います。

上記3イベントでは、わたしも2曲踊る。
タヒチアン「アパマイ」と、フラ「カアナアレ」。
アパマイは「スタンドバイミー」タヒチ語版、カアナアレは「ハナミズキ」ハワイ語版。
どちらも馴染みある曲なので楽しんでもらえると思います。
最近、イベントではタヒチアンを踊ることが多かったんだけど、
このたびはフラも踊れるので、わたし、意気込んでます・笑。

ぜひ見に来てくださいませ。みなさまの声援が勇気です!

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占い。 [つれづれ]

世の中にはいろいろの占いがありますが、
わたしは毎週土曜の新聞の夕刊に出てくる月別占いを、
いつも楽しみにしています。
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これがね、結構いい線なんですよ。
新しい週の占いなんだけど、ときどき「先週のことだわ」ってのもあって。
先週こんな感じだったわと。まあ、時差は多分にあるでしょうね・笑。

むかしどこで聞いたか、「占い」はむかしむかし野天でやっていて、
すごく人気でたくさん人が並んで雨露に晒されるから屋根を設けた。
それが「店」の始まりだって。
最初に誕生した「店」は「占い屋」だったってお話、もちろん、
史実ではないと思いますよ、でも、なんとなく、へえ、って。

わたしも自分がタロットカードを引いて読むので、
占いを否定したり嫌ったりはもちろんありません。
占いを否定したり嫌ったりするのは、自分の将来を人に決められたくない、
いまを変えたくない、という心理の働きのようにも感じます。
逆に自分の将来だけど考えるの嫌だから決めてと占いを頼るのも、
どうだろうと思います。心の動きは逆だけど、要は同じじゃないかな。
占いの力を信じていない点において、同じじゃないかなって。

占いの力というのは、うーん。魔法とかっていうんじゃなく、
一秒先から始まる自分への「かけ声」なんですよね。
よっしゃいっちょやってやるかって勢いをつけたり、
落ち着いて深呼吸して大丈夫って励ますって日常にある、それと同じ。
自分へのかけ声、自分ににっこり微笑む。
一秒先の自分がそれを受け取ってどんな風に進むのか。

フラでもね、かけ声、あるんですよ、「カヘア」と言います。

曲の最初の歌詞を、踊るダンサーが声に出す。カヘアをかける、という。
これからここを踊りますよっていうのをミュージシャンと共有するのがまずの目的。
フラは一番と二番を2回などの繰り返しも多いので、
こんがらがらないようにカヘアをかけて「あ、次、そこ踊るのね」と理解する。
逆に、ミュージシャンがカヘアをかけてダンサーに気づかせてくれるときも
あるでしょうね。

カヘアは、客席からもかけます。「カイマナヒラ!」とか「ワイキキ!」とか。
(待機している舞台の袖からかけることもあります)
カヘアがかかるとグッとステージに元気が出て、ダンサーの笑顔も増えるんです。
踊っているほうもうれしい、カヘアに励まされる。
わたしはカヘアをかけるのが大好きです。かけられるのも大好きです。




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吉祥寺アロハフェスで踊ってきました! [フラ&タヒチアン]

5月3日、吉祥寺アロハフェスで踊ってきました。
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Kフラスタジオの麗しきワヒネフラ&タヒチアンチーム!

昨年末に新調したイエロードレスで「アパマイ」という曲、
タヒチ語版「スタンドバイミー」です。

たくさんの方に見ていただき、いっぱい写真をもらいましたー。
その中でわたし個人的に気に入ったのが、これ。
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みんなしてわわわーと逃げてるみたい・笑。
(最前列のカメラさんたちは知り合い以外はこの手のおっかけらしいです!)

アパマイは、回転の多い振付なんですね。くるくる回る。
それこそ体幹を一本バシッ!と入れてないとぐらぐらする。
フラ(タヒチアンも)って体幹が命ですねー。

わわわーと逃げて見える続きが、
振り返って、
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カムカム(こっちに来て来て)して、
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なでなで(そばにいてねーってな意味の振りです)、という。
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天気も回復してほんとよかった。

次は5月末に中野で踊りまーす。今回お見逃しの方はぜひ来てね。


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夢。 [つれづれ]

夢を見ました。

戦争が起きた、ニュースで知った。
逃げた。

わたしは妊娠していた。そう、女の人に言われた。
言われてみればわたしは妊娠していた。
撃たれてもなぜか死ななかった。
撃ったのは敵ではなかった。

それぞれに逃げた。
川を流れる子ども、石の地蔵。
だれかの乳を吸った。柑橘の果実をもらって泣いた。

どういうんでしょう、どういう夢なんでしょうね。

夢と地続きで引き剥がされるように目覚めると早朝4時で、
薬のせいでカラカラに乾いた口の中をお茶ですすぐ。

もうすこし寝たほうがいいなと思ってベッドに横になると。
前の夢の続きがあって。

そういう夢を見たんだとわたしは姉に話している。
姉は、なにか原因があったか? と聞く。
わからない、畳かもしれないとわたしは言う。

畳?

なんだ、そりゃ。

夢ってなんなんでしょうね、わたしはよく夢を見ます。
たいてい夢の地続きでスマホにセットしたアラームで現実に戻される。
なのでたいてい目覚めたときはここがどこだかわからない・苦笑。
ええっと、さっきはああいう状態だったけど、いまはベッドの状態、
ってことは起きるんだよね、起きなきゃ洗濯が間に合わないんだよね、
という感じ。

なかなか、漱石のようにはいきません・笑。



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バスで佐世保クルーズ。 [呉調査]

年末のはーるばるーきたぜシリーズ、佐世保のご報告です。
呉と同じく海軍の鎮守府が置かれた佐世保。
三方を山に囲まれ、天然の湾は穏やかで水深もじゅうぶんにあり、と、
地形的条件を聞いていると呉の説明を受けているのと同じ気持ちになります。
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標高364メートルの弓張岳展望台からの景観。
どこか呉を彷彿する。

佐世保で人気は「軍港クルーズ」なんだけど、年末で営業がなく、
仕方なく、といってはナンですがバスでめぐるコースに参加しました。
ガイドさんの「佐世保は自転車に乗れない人が多い」ネタも、呉と一緒じゃん・笑。

クルーズバスでは米海軍基地前を通り、
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佐世保海軍工廠の施設を受け継いで発足した「佐世保船舶工業(SSK)」を
前身とする「佐世保重工業」を、網の外から下車見学。
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いちおう証拠写真・笑。今回の旅でわたしが映っている唯一の写真よん。
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工廠時代に英国から輸入した高さ62メートルのハンマヘッド型クレーンは、
大正2年からいまも現役。御年104才です。
長崎のは150トン、横須賀は50トン、
そして佐世保のは250トン(運べる)、ってのがガイドさんの誇りでした。
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レンガ倉庫街もある。

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この景観も・・・、呉みたい。
そしてわたしは、こういう景観を見るのがすごく好きみたい。

佐世保駅の海側には「させぼ五番街」というショッピングセンターが整備され、
佐世保バーガーで有名な「ヒカリ」などショップが並んでいました。
すごく開放的で、きれいで、歩きやすい。店もぎゅうぎゅうじゃなく余裕があって。
これくらいのんびりなものが、呉にもあるといいなあ、なんて。

カフェの窓際に座ると、目前に護衛艦。
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よく見ると・・・。
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若い隊員さんがラッパを練習している。

ぱっぱら、ぱらっぱっっっ・・・と、生まれたてのウグイスみたいに
つまってうまく啼けない(吹けてない)のだけど、
一生懸命に練習していて、いいものを見たなあって。

ちなみに護衛艦は、多用途支援艦ひうち型の「あまくさ」でした。
(あとで調べた・笑)
佐世保の子みたいです。帰って来ていたんですね。

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痛みの気づき。 [つれづれ]

今年はカレンダーの並びが悪く休みが短い、という人と、
いっそ三連休までの大型ホリデーに湧いた人と、あったようで。
わたしはフリーランスだし取材なんなりあるまで休みと言えるけど、
気持ちはピシッと四日から、……だったのですが。

金曜の深夜(土曜の明け方?)東京も地震がありましたよね?
あれでふっと目覚めて直後、背中を激痛に襲われました。
激しい悪寒と、発熱。
身もだえる。
自分の身体のあらゆる場所をまさぐって落ち着こうとするけれど、
寒くて寒くて痛くて痛くてどうにもならない。

ほんと、・・・怖かったです。

背中に、わたしの背中と同じサイズの硬い木枠を押し付けられているような、
なんとも硬い痛みでした。
市販の鎮痛剤でようよう朝を迎え、病院へ。
普通に診療があってよかった。

で。
原因はよくわからない。微熱に下がったし、せきや鼻水もないし、
風邪やインフルのたぐいじゃない。帯状疱疹でもないと思う。
一度やっているので可能性はあるけれど、いまのところは違う。

背中を触診する先生に、筋肉量がすくない、と指摘されました。
・・・うん、だよね。
自覚、あります。
最悪のときから多少はマシになってきているのだけれどね。

しばらく経過見です。

痛みで、気づき。痛みの気づき。

自分のいろいろなことを、すこしずつ見直していこうと思います。
今年の抱負は、素、と、先日ブログに書いたけれど、
自分のいろんなことを見直しながらの、素、ですね。

「素」は、「もと」とも読めるね。味の素みたいな、自分素。
わたしを構成するもの、わたしの材料・素材を、天然でもう一度。

あーあ。
ほんっと激痛だったよ、羽根が生える前兆とかならいいんだけど・笑。

こんなのが、
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こんな風に。
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なんちゃって。

いまは落ち着いています。ゆるゆるやっています。


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日本遺産をめぐる。 [呉調査]

こんなのがあるとご存知でしたか?
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鎮守府をめぐるスタンプラリー。
各地域の歴史的魅力や特色を伝えるものとして文化庁が創設した「日本遺産」。
わたしのふるさとの呉と、佐世保、横須賀、舞鶴が、
鎮守府=海軍さんのあった町として認定され、こんなのがあるんです。

スタンプを集めて応募すると景品がもらえる仕組み。
ただ、2018年3月11日が締め切りなんで、わたしは無理そ、かな・苦笑。

それでも、このたびの旅でこれだけ押しましたよ。
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今月中に横須賀に行く予定だから横須賀も2つは押せるな。
残るは、舞鶴。えいやっと思い切らないと、なかなか行けないね。

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呉で絶賛発売中の海自カレー。シリーズは10を越えるんじゃない?
ぜんぶ買うと重いので・笑、2つだけ買ってきました。

間違えないでくださいよ、海軍カレーではなく、海自カレー。
いまの現役の海上自衛隊で食されるのと同じレシピ、です。
各艦でたくさん販売されているのだけど、
今回はいまの呉のフラッグシップ「かが」と、教育隊のにしました。
美味しかったっす、家人にも好評、週末のおうちワインにも合う・笑。

呉調査報告は続きますっ! 乞うご期待。


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今年の抱負は、素。 [呉]

新年あけましておめでとうございます。
長崎・佐世保からの呉。そして東京は晴海。戻りました。
現実に帰るのはなかなか難しくて・笑、帰路の飛行機を待つ時間は、
年末から読みかけの本を開くことで意識的なリセットを目論む。

満月は昨日正月二日ですが、今宵も美しい。
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都会の月ですよ・笑。これを日常に、心だけは遙かを飛び交うように。

年末の長崎・佐世保、そして呉の旅の調査報告はおいおいとして(待っててよ!)、
いちおう、正月らしい正月の感想。
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両親の隠し撮り。
ようよう歩ける母と、うちの家人からお下がりコートを着こなす父。
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氏神である亀山神社に初詣でました。両親が結婚式を挙げた神社でもあります。

亀山神社は、呉に海軍が座した都合で引っ越しさせられたという
数奇な運命を過去に持つ神社でもある。
ここのおみくじが妙に納得できるので毎年いただいてきます。

ただ、実家の住所でいえば、こちらが身近な神社です、平原神社。
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正月二日の朝に散歩がてらもうでたのだけど閑散・苦笑。

いま、改めて、ふるさとを感じます。
可能な限り、舐めるように歩いてみる。
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こんな細いほっそい、どこにつながるとも知れない裏道の宝庫。
「野良猫道」とわたしは心で命名しています。
このたびも、体力の続く限り・笑、目の前の野良猫道に導かれるまま散策。
ひゃー、うちに帰れるかな? 実に奇妙なことに、ちゃんとつながっているの。

「玲子を(野良猫道に)放つと回収が大変」、と。
生きているころのまだ若いうちの祖父が、言っていたと聞きました。
とっとこ、とっとこ、わたしは駆けずり回ったようです。
回収してもらえる安心感の為せる業なのだなあと、いまさら思う。
とっとこ、とっとこ。
大人のいまのわたしも、なにかに見守られて導かれるまま歩く。

で。

今年の抱負は、素、にしました。

いちばん、パワフルにいけるのじゃないかと思います。

本年もどうぞお見捨てなくご愛顧賜りまするようお願い申し上げます!


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良いお年をお迎えください。来年も何卒。 [呉調査]

呉に入りました(帰りました)。
はーるばるーきたぜの佐世保がエライ寒かったので、
呉の寒さはまだまあるく耐えられる感じ・笑。
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呉総監部の玄関に門松、お正月気分ですね、すっかり。
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ドックにはメンテナンス中の護衛艦。「かが」ではないかな?

年の瀬ではあるけれど、呉でも年末ギリギリまで活動。
ご紹介からのまた新たな出会いと、「お説教」がほしくてお訪ねする方と。
自分の手に負える町ではないと思い始めてから、実はちょっと呉が「怖かった」けど、
人にもらうさまざまな言葉とご厚意とで勇気づけられます。
もちろん、「やべっ、がんばらにゃ」な気持ちになるんだけど・爆!

市役所の市史編さんに飛び込んで約一年、一年なりにがんばったよー。
そしてますますがんばるよー。新しい年もよろしくお願いいたします。

佐世保で思いがけず訪ねた三浦教会を最後に。
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戦時中はコールタールで黒く塗られたそうです、見つからないように。
そのおかげか爆撃を逃れ、現存。いまは壁も白く戻りました。

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ステンドグラスの光があまりにきれいで・・・、パシャリ。
教会内って本当は撮らないほうがいいところも多いんだけど、
「見ないふりしてあげる」って撮らせてくれました。

やさしく、あたたかくも、ド派手な光で、やってこう、って。

良いお年をお迎えください。
呉の実家はなにせネットがつながらないので、これが今年最後の投稿。
今夜は幼なじみたちと飲むよー!!


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爆撃から逃れた防空壕。 [呉調査]

はーるばるーきたぜ、さーせーぼー。
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連日の、はるばるきたぜシリーズ、佐世保です。

長崎一泊目はホテルが悲惨。
午前2時まで向かいのどんちゃん騒ぎ。大声なのに言ってることが
ちっともわからないと思ったら、日本語じゃなかった。
その後は、悪夢と金縛りを繰り返すループにまんまと陥り、ほぼ無睡。
怖かったすよ。ホテル、変えました。

そんなこんなの寝不足大王ですが、朝一の高速バスなのでむしろ時間がよろしい。
暗いうちから佐世保を目指しました。
着いて午前中の訪問にわたしが選んだのは「無窮洞」という防空壕跡。
なんと、最寄りは「ハウステンボス駅」。
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こんなのを横目にしながら。

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目当てはこちら。

先の大戦中の昭和18(1943)年8月29日から掘りはじめ、
終戦の昭和20(1945)年8月15日に「掘りかた、やめ」で終了。
当時の旧宮村国民学校の12、13、14歳ほどの少年少女が、
その手につるはしや、ほげと地元で呼ばれるざるを持って掘ったものです。
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これが結構広い。圧迫感のないよう天井も高い。

きっと、こんな感じだったのでしょう。
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「無窮洞(むきゅうどう)」と名づけたのは当時の校長先生だそう。
無限極まりなく子どもたちの将来のあるように、と、
真相はポジティブな意味だったのですが、最初は逆に捉えてました。
掘っても掘っても戦争にキリがないって意味かと思った。
苦しさは子どもたちも同じ。大人以上の苦しみもあったと思います。

つるはしを突き立てた生々しい穴ぼこもいっぱいありました。
食糧難で食うものも食わずの子どもの労働の成果としては、
とても立派なものでした。
地下なのでひんやりしているし、石清水がいまでも溜まるそう。
掘って掘って掘り進んで、食糧倉庫を掘っていたときに終戦。
未完成のまま、いまに残っているのだといいます。

「ここも空襲を受けたんですか?」……わたしの気がかりはそこ。

「警報で7回ほど避難したようですが、爆撃は受けなかったと聞いています」
と、ガイドのおじさま。

ただ。
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「山の向こうにもくもくしたのを見ましたよ」・・・原爆のことです。

あの山の・・・、あの低い山の・・・、上に。

佐世保は呉に似ているんじゃないかと思いました。
原爆投下のほど近くで、海軍を抱えていた。

爆撃がなかった、というだけ、ほんのすこしだけ、救いを感じる。
うん・・・、救いでもなんでもないけれど。すべてが戦争だから。

レンタカーのない身では非常に不便だけど、行ってよかった。
修学旅行生などはたくさん訪れるそうです。
行きはハウステンボス駅からタクシーだったけど、
帰りはおじさまが車でハウステンボス駅まで送ってくれました(たぶん特別)。

午後は別を見学して(改めて書きます!)、最後に佐世保海軍墓地へ。
呉でいえば、長迫の海軍墓地です。
これまた駅から少々あるので、時間も鑑みて行きはタクシー。
帰りは市バスを使ってみよう歩いていたら・・・、防空壕発見!
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わー!
呉の道で見るのと同じ!!

タクシーでは気づかなかった。歩いてみて正解でした。
過去の防空壕は、倉庫や車庫や、なんとお店にも活用されているみたい。
ある種のすさまじい生命力?というか、地の力というか。

佐世保は初めての場所です。なのに、呉によく似ていました。

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